第14話 魔族の里へ

 アイリーンの魔物化を止めるために、俺達はすぐさま魔族の里へと向かおうとしていたが、ここでメイソン伯爵は待ったをかけた。


「馬車では恐らくたどり着くまでに日が暮れてしまうだろう。良ければワシが所有している龍車を貸したいのだが、どうだろうか」


 断る理由はない。馬より地龍のほうがずっと速度がある。その分扱いは馬よりも大変だけれど、うちには一人いい騎手がいる……と思う。


「任せて下さい。このセンタ、どんな凶暴な龍とさえ友達になれますからね! 一緒に筋トレだってできちゃいますよ。はっはっは!」


 余裕たっぷりで龍がいる小屋に向かうあいつの背中は大きかった。まあ、多分問題ないんじゃないかな。


 俺とシエナは今、正門前で龍車がやって来るのを待っているというわけだ。


「魔族の里って、一体どちらにあるのでしょう。わたくし、大陸にそんな里があるなんて初耳でしたわ」

「へえー。シエナも知らなかったわけか。じゃあ、けっこうな奥地でひっそりと暮らしているんじゃないのか」


 魔族って一括りに言っても、いろいろな連中がいる。俺も魔族ではあるんだけど見た目はほぼ人間と変わらない。でも中には、猛獣と大差ない容姿をした奴とかもいる。


「魔族のことも気になりますが、一番の謎はアイリーンちゃんです。どうして魔物病になんてかかっちゃったんでしょう。初めて見ましたわ。あんなお姿」


 身震いすらしている聖女の背後から、軽やかな足取りが聴こえてくる。どうやらさっきのメイド、ベルカがやってきたようだ。彼女は深々と頭を下げると苦い顔のまま俯いた。


「原因は未だ不明なのです。アイリーン様はとても利発な方でございます。旦那様や奥様の目を盗んでは、王都の外まで出て行ってしまうくらいにお転婆でございまして……」

「ベルカさん、でしたわね! ほんの一週間で姿が急変してしまうというのは、余程強い力が働いていると思われますの。きっと病をうつした者がいるはずですっ」

「うう……アイリーン様、どうしてこんなことに。産まれたばかりの頃からご一緒している私にとっては、もう辛くて、辛くて」


 ベルカはハンカチ片手に涙が止まらないようだった。湿っぽいのは苦手なんだよな。シエナも貰い泣きが始まったようで、いよいよ葬式めいた空気感になっちまってる。


 しかし、暗く陰鬱な雰囲気を振り払うかのように大きな音が近づいてくる。なんかを叩きつけてるような少々うるさい足音は地龍のもので、遠くに見える石ころのようだったが、すぐさま目前まで迫ってきた。


「よし! とりあえず乗り込む——」

「うわああああ! 停まれ! 停まらんかぁああー!」


 乗り込めなかった。通り過ぎやがったわ。


「まあ! センタったら、何処に行くのです!? センター!」

「あああ! どうどう! どうどう!」


 なんだかんだ茶色い龍は言うことを聞く気になったのか、山の向こうに消えそうになったと思いきや戻ってきた。


「ふうう。とんだじゃじゃ馬ですよ。いや、じゃじゃ龍ですかね。さあ皆さん! ご乗車を!」

「おいおい。本当に大丈夫なんだろうな」

「わたくし、事故には遭いたくありません」

「大丈夫です! 大船に乗ったつもりでいて下さい! さあ」


 不安になる俺達を、センタは持ち前の爽やかな笑顔で勇気づけようとする。いや、こいつは相当骨が折れる道のりになりそうだ。


 龍車っていうのは、基本的に馬車と仕組みは同じだ。ホロに包まれた四輪車を、手綱を操り龍に引かせてる。ただ、速さは俄然龍に分があるわけで、けっこうエキサイティングな体験をしちゃったりもする。

 俺とシエナは嫌な予感で胸をいっぱいにしつつも、とりあえずホロ付き馬車に乗り込んだ。手綱を引くセンタは目が輝いてる。


 どうやら従者のおっちゃんも一人乗せているらしい。泡吹いて気絶してるが。


「なあセンタ。本当に大丈夫なんだろうな」

「ふふ! 心配しないでくれ。僕はこう見えても乗馬は一級品だよ」

「でもこれは龍ですわぁあああ!?」


 シエナが言いきる前に、龍が猛烈な速度で駆け出し始めて、一気に世界が変わった。本来メイソン伯爵や夫人が見送りに来て、挨拶を交わしてとかそういう流れが予定されていたと思うんだけど。


「うおおおお! このじゃじゃ龍め。僕をここまでてこずらせるとは! 曲がれ! そこぉおー」

「きゃああ! ぶつかりますわ!」


 あ、だめだこりゃ。森の木々に正面から当たっちまう。俺は懐から一枚カードを取り出し魔法を発動させる。そのまま脳筋騎士が握りしめる手綱に右手で触れた。


「グオオオン! ン?」


 龍はぶつかりかけた木々を避け、少しずつ減速していく。森の中から草原に抜け出て、さっきまでよりもだいぶ大人しく走るようになってきた。


「なんだ? ゼル君が手綱に触れた途端に、龍が大人しくなったぞ」

「いいや、違うな。相当ご機嫌斜めだったみたいだぞ。でももう大丈夫だ。しばらく走って落ち着いたらしい」

「そ、そうか。僕のテクニックで燃え上がったかと勘違いしてしまったよ。はっはっは!」


 とんだ勘違いだ。ちなみに俺がさっき使ったのは、弛緩魔法リラックスウェーブという。飛龍とかもたまに気が昂ってどうしようもなくなる時があるんだが、魔族は大体の場合こうやって気を落ち着かせる方法を取る。馬とかにも有効だけど、人間とか魔族にはあまり効果がないんだ。


「もう! センタったら、しっかりして下さい。振り落とされたら死んでます」

「す、すいません……」

「気にするなセンタ。しかしあの屋敷はキツかった。臭かったな」


 あの臭いは好きじゃない。まったく、戻る時のことを考えると憂鬱だ。


「まあ。お風呂に入ってない方がいたんですの?」

「いや、ちょっと違う。ところで魔族の里は何処だ?」


 ゴール地点は遠いのかな。野宿とかはできればしたくない。


「安心してくれ! 東の山を三つほど超えたところにあるんだ。龍ならすぐだよ」

「おお、頼もしいな」

「以前討伐命令を受けて向かったことがあったんだ。見事な返り討ちになって退散したよ。はっはっは!」

「急に不安になってきた」


 正直な話、今回は戦いたくはない。だって、昔の知り合いとかがいないとも限らない。そうなったら素性がバレて面倒なことになる。


 いや、待てよ。俺は袋をゴソゴソと漁り、ある物を探し始める。


「どうなさいましたの? ゼルさん」

「ん。ちょっとな。あった!」


 袋から出て来たのは、さっき祭りで購入したマスクだ。黒っぽい仮面はすっぽりと顔を隠してくれる。とりあえず付けてみよう。


「まあ! ゼルさん、とってもお似合いですわ」


 ぱあっと笑顔になる聖女。とにかくおかしな感じはしないらしい。


「似合ってるかな。魔族は執念深いから、顔を知られんように保険をかけたほうがいい」

「こんなこともあろうかと、わたくしも用意しておりましたのよっ」


 今度はシエナが得意げにマスクを……ん? なんか目元までしか隠せてない気がするが。


「シエナ。それもお祭りで売ってる奴なのか?」

「ちょっと違いますわ。お母様が昔、仮面舞踏会で付けていたものですの」


 あ、怪しい。なんて怪しいマスクだ。黒い羽根みたいなのも付いてる。


「うふふふ。わたくし達、今とってもお似合いになってますわね」

「なあ。何でそんなマスクを、今日持ってきたんだ?」

「聖女様はいつ何時でも、どんなことが起ころうとも準備を怠らぬ方なんだよ。さあ、そろそろ到着するぞ!」


 センタの気合いがこもった声に首を傾げつつも、いつしか俺達は山を超えていたらしい。とりあえず龍車は従者に任せつつ、俺達は魔族の里を目指して歩き始めた。

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