第8話 しょうもない決闘
物騒なことを言われてしまったが、俺は嘆息しつつも頷くしかなかった。
挑まれた以上は拒まない。それが親父が俺に残してくれた教えであり約束だったから。
「スネイ様。突然何をおっしゃるのです! ゼルさんも、決闘なんて物騒な真似はやめて下さいね」
俺とスネイの間にいるシエナは、オロオロしながら止めに入っている。
「シエナ。悪いが引き下がるつもりはないよ。こいつはあからさまなインチキで僕に恥を欠かせたんだ。愚民風情で生意気にもね! いじめてやる」
「言ってくれるな。ところで、決闘はどうやる?」
貴族とは思えないほど口の悪い男は、ニヤついた顔を向けたままギルドのドアを開いた。
「貴様が得意なはずのもので勝負してやる。逃げるなよ」
◇
冒険者ギルド近くにある空き地で俺たちは向かい合っている。奴は大幅に俺から距離を取っている様子で、多分殴り合いとかそういうのとは違うようだ。
まあ、杖みたいなものを持って来た時点でほぼ確実にアレだけど。
しかし俺にとって気になるのはスネイ本人ではなく、この大人数になった野次馬達だ。まさかギルドの冒険者達も同じようについて来るとは思わなかった。目立ってしょうがない。
「ゼルさーん! 頑張ってくださいー」
精一杯の声で応援してくるシエナに対して、とりあえず俺は手を振って答えた。止めても無理な以上、もう応援するしかないってことなのか。スネイは露骨に顔を歪めている。厄介極まりない奴だよ。
「調子に乗りやがって。お前のようなカス下民。本来ならば僕が相手をしてやる価値もないんだ」
「挑んできたのはそっちだろ。それで、どういうルールでやる?」
「生意気な口を利くなぁ! 不敬だろーが!」
「こういう言葉遣いが基本の男だと思ってほしい。ルールは?」
余程の年上とかでもない限り、俺は口調や態度を改めるつもりはない。ニートは身分の差にも屈しないとロデオは言っていたからな。だから不敬とか罵られようと貫かなくては。
「決まっているさ。魔法で勝負をつけよう。どちらかが動けなくなったら終了、ということでどうかな?」
「解った。そうしよう。合図は?」
「ふん! このコインが地面に落ちた時が、スタートだ」
喋りながら懐からコインを取り出したスネイは、既に魔法を放つ準備を開始したようだ。奴の体から溢れる微量な魔力は遠くにいても解る。解るが……寂しいくらい微かだ。
「いいぞ。始めてくれ」
「はは! 調子に乗ってられるのも今のうちだぞ! 僕の才能がどれ程のものか、体で解らせてやる!」
ほとんどこちらに準備をさせないつもりだったらしい。奴の指から弾かれたコインが空中で回り続ける。スネイは多分一瞬で勝負を決めるつもりだろう。杖をこちらに向けて腰を落とし、必殺の一撃を見舞おうと構える。
金色の小さなコインは、悠長に時間をかけながら砂地に落下した。
「死ねえ! ファイアボ———」
「おっと、突風が!?」
なんだ。ファイアボールで倒すつもりだったのか。と思うのも束の間、強風によりファイアボールは放った使用者自身に振りかかってくる。
「ぎゃあっっちいい!! 誰か消せ! 消せーー!!」
「ス、スネイ様! はいー!」
スネイは服や髪の毛が燃えて小躍りしながら悶絶していて、それを奴の取り巻きが必死に水魔法で消化し始めた。正直ここまで目立ってしまったら、普通に勝利すると大変なことになりそう。だから偶然自然現象で奴が自滅した、っていう線にするために、風魔法を使うことにした。
よしよし、これでやる気なくなったかな? 俺はそろりと立ち去ろうとした。
「いやー。今日は風が強いから参るな。では俺はこの辺で」
「ま、待てーい! 逃げるな! まだ勝負は終わっていない」
終わってほしいんだけどダメか。まだ闘志が衰えてない貴族の青年は、今度は杖から黄色い光を発して、こちらに向けてくる。
うわー、面倒くさい魔法を使う気だな。俺はこっそりカードを取り出した。
「いっけえええ! ブラストぉおおお!」
結構なギャラリーもいる中、奴は平気で爆発魔法なんか使ってしまう。爆風が巻き起こり、こっちの様子も見えていないだろうに、続けて二、三発放ってきた。
「きゃああー! スネイ様! な、なんてことをするのです!? いくらなんでもやり過ぎですわ!」
シエナの悲痛な叫びが聞こえてきた。
「はあ……はあ。全ては奴がいけないんだ! この僕をコケにしやがって。だが、もうこれで終わりだ」
爆風が晴れて来たところで、俺はどう返答をするべきか悩んだ。
「いやー。運が良かった。間一髪、当たらなくてすんだ」
「な、何ぃ!?」
実は魔法壁を作っていただけだが、とりあえず危なかったというリアクションを取って苦笑いする。これで終わってくれるといいのだけれど。
「畜生! なんて悪運の強い奴だ! ならば、もっともっと派手にやってやるー!」
「スネイ様! やめ——」
シエナの叫びが届く前に、やけっぱちになった貴族が爆発魔法の初歩、ブラストを連続で使用してくる。確かに、鍛えてもいないのにこれだけ魔法が使えるのは才能がある。しかし、このくらいの才能ならばありふれているんじゃないかな。
いくつも爆発が巻き起こる中、俺は一枚のカードを取り出して歩みを進める。風に包まれたハンマーの絵が刻まれたカードは、けっこう昔に作った魔法が内封されていた。
「うらああ! 死ね! 死ね! 死ね!」
振り切れてやがんなー。でも残念ながら効果はない。風が爆発など無関係と言わんばかりに俺の周囲を纏い、固めた左拳に集中する。腰を落とし、翡翠の色を纏った拳を奴めがけて突き出した。
たしか昔、風の打撃魔法エアーブロウと名付けていたはず。まあ、そのままなんだけど。それは頑強な拳を象った風となり、爆発の間をすり抜けてターゲットに向かう。
「お前など僕の前では雑魚も同然だ! し……ぼふぉぉおお!?」
風の拳が顔面を突き上げ、少々間抜けな顔になりつつ失神したスネイが前のめりに倒れる。俺は頭を掻きながら、気絶した貴族相手に近寄って行った。
「どうやら魔法の使い過ぎで気絶したみたいだ。君達、介抱してやってくれ」
「え、は、はい」と、取り巻きの誰かが返事をして、それから奴はシエナに回復をしてもらって、今はただ気絶しているだけ。爆発だらけで煙まみれになった状況なら、多分俺の魔法に気がついたものはいない。
偶然勝ちを拾った、ということになって終わりだ。
でも、野次馬達は口々に今回の決闘についての批評とかを始めて、なかなか帰ろうとしなかったんだよ。俺は付き合っている義理もないから、さっさと帰ろうと背を向けたのだが。
「ゼルさーん! お怪我はございませんこと?」
スネイの回復もそこそこに、シエナがこちらに駆け寄ってきた。
「俺は大丈夫だ。それより奴をもう少し癒してやってくれ」
「いえいえ。もうあの人はもう十分ですわ。それより、やはりゼルさんはお強いのですね。お見事な勝利でした!」
「何言ってんだよ。結局のところ、魔法を使えずに終わったじゃないか。運が良かっただけだ」
聖女はニッコリと笑顔を作る。華でも咲いたような雰囲気がした。
「もう! 何をおっしゃいますの。わたくしには見えておりましたわ。ゼル様が風魔法を放つところを! とっても格好良かったですわ」
「げ!」
あの状況で見えていたのかよ! なんてことだ、とか考えているうちに、急にギャラリーがざわざわし始める。
「え! いつ魔法を使ってたんだよ」
「爆発魔法を喰らいまくってるのに、涼しい顔して反撃してたってことか?」
「ちょっと待ってくれよ。それってすげえ奴なんじゃ」
「本当なら、私あの人とパーティ組みたいんだけど」
まずい。なんか相当嫌な展開になってる。
「シエナ。君は多分疲れてるんだ。幻覚でも見たんだろ。じゃあ、そういうことで」
俺は埃を払いながら、静かにその場を離れるべく歩き出した。
「あら? どこに行くんですの。ゼルさーんっ」
でも、聖女はお構いなしでくっついて来るんだよ。まずいなーこれはまずい。
理想のニート生活に暗雲が立ち込めた昼下がりだった。
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