第7話 今日もやってくる大聖女
次の日、さっそく昼過ぎまで寝てしまおうと意気込んでいた俺だったが、なぜか早朝に目が覚めてしまう。
何度も寝返りを打ったり、いろいろしつつも二度目の睡魔タイミングを待ったが一向にやってこない。
何故だ?
「そうか。体が覚えているもんなぁ……」
王都にやってくる前まで、ずっと朝早く起床させられていたんだった。右腕エルフがいつも起こしに来るもんだから、一度も昼過ぎまで寝ることはできなかったわけで。
ちくしょー。こうなったら意地でも眠ってやる! とベッドで丸くなっていた時、ドアのベルが鳴る音がした。
「村人さーん。起きてますかあ? 村人さーん」
聞き覚えのある声がする。わりかし最近聴いたことがある声だ。
っていうか昨日いろいろあった聖女じゃないか。
「村人さーん。わたくし、先日のお礼をしに参りましたの。すやすやタイムですか?」
お礼なんていらないって言わなかったっけ?
しかしそれ以上に解せないことは、なぜ俺の家を知っているのかということだ。
いや、もう考えるのはよそう。このまま居留守、ではなく居眠りを続けるのだ。そうすれば諦めて帰る。
そんな風に考えていた時、どうも外が騒がしいことに気がついた。
「見ろよ、聖女様だぜ」
「シエナ様がこんな所に来ているわ」
「シエナ様ー!」
うわ。シエナ目当ての野次馬でも集まっているのか。ちょっと待ってくれ。騒がしくて耐えられん。
「村人さーん。お寝坊はいけませんよ。村人さーん」とベルを鳴らしてくる迷惑聖女に、とうとう我慢できなくなった俺はしょうがなくドアを開けた。
「あ! お目覚めになったのですね。おはようございますっ」
「おはよう。っていうか、なんで俺の家を知ってるんだ?」
ぱあっと顔から光でも発してるような笑顔で、頭に大がつく聖女はこっちを見上げている。
「村人さん、ロデオ様のことをお話しされておりましたよね。わたくし彼の元へ伺って村人さんの住所を聞いてまいりましたの」
「あいつ、客の個人情報を容易く流しやがって」
「ねーえ村人さん。実はわたくし、とっても良いお話を持って参りましたのよ」
聖女は両手を胸の前で握って、めちゃくちゃ顔を寄せてきた。近いって!
「一体何の話があるんだ? 俺は疲れてるから、今日はずっと眠ることで忙しいのだが」
「ということは、特に予定はないのですね! 良かった! 冒険者ギルドに行ってみませんか?」
「いや! あると言ってるだろう。……なに?」
◇
なんてこった。シエナはしつこ過ぎるし、野次馬どもは増えるばかり。
俺はルンルンで腕を振りながら歩く聖女と一緒に、しょうがなく冒険者ギルドに来てしまったわけで。
「村人さん。ものすごーく強いのですから、絶対冒険者になったほうがいいと思います! わたくしが推薦しますわ」
「いらない。俺は冒険者になんぞなるつもりはない」
「どうしてですの? 村人さんならどんな依頼だってきっと解決できます。お金もガッポガッポ、チャリンチャリンチャリンって感じで稼げちゃいますわ」
「最後の擬音がよく分からん! 金なら余裕があるんだよ。死ぬまで大丈夫なくらいある」
「でもでもー。人生にはなにが起こるか解りません。いつの間にかわたくしと魔王討伐に向かうことだってあるかも……いえ、きっとありますわ!」
「そんなこと断言するな! お!? ちょ」
気がつけば背後からシエナがぐいぐい背中を押してくる。なにくそと踏ん張る俺。そんなことをしばらく繰り返していると、扉が開いて受付嬢がやってきた。
「シエナ様ではありませんか! 大聖女様直々にお越しとは、恐れ入ります!」
「いえいえ、わたくしなんてまだまだ未熟者です。それより聞いてくださいまし。わたくし本日、とっても頼りになる方を連れて来ましたのよ」
「シエナ様の推薦ということですか!? しょ、少々お待ちください!」
受付嬢は仰天した顔で一旦はギルドに戻っていった。勝手に話が進み始めているな。しかしこの聖女の知名度はどうなってんだ?
「隙ありですわっ」
「うぉっと!?」
一瞬の隙を突かれ、俺は寄り切られんばかりにギルドの中へと押し込まれた。まったく強引な奴め。しかし、中は予想していたよりは広い。受付フロアと酒場フロア、あとは事務員用のフロアに分かれているようだが。
どうやら冒険者連中も大勢いるらしい。多分このフロア内だけで百人近くは入っているだろう。職種も年代も性別もバラバラ。腕の立つ奴もそれなりにいるようだ。ただ、みんな揃ってシエナに視線を送っているのが気になるな。いやほんと、厄介な奴と知り合ってしまったものだと後悔してる。
「お待たせしました! 早速登録させていただきますので、お名前と職業、それから魔力測定だけお願いしますね」
「いや、別に俺は登録するつもりは、」
「登録だけなら無料ですのよ。それに、今なら無料特典でかわいいマスコットキーホルダーが手に入ります」
「いらんそんなもん!」
ああ嫌だ嫌だ。もうちょっとマシな特典をつけないとダメなんじゃないのか。俺としてはあまり関わりたくない分野だし。まかり間違って魔王討伐になんて向かうことになってみろ。完全に裏切り者ルート確定だぞ。
またしてもシエナと受付前で問答を繰り返していると、入り口ドアが開いて乱雑な足音が響いてきた。
「おやぁ。シエナではないか。こんな所でお会いできるなんて、僕はなんて幸せ者だろう」
「あ……スネイ様」
どうした。聖女様のテンションが下がったぞ。こっちとしては助かるけれども。服装を見る限り、どっかの貴族だろうか。長い金髪をしたつり目の男で、取り巻きが四人くらいいる。
「どうだろう。僕とこれからランチにでも行かないかい? 美味しい鶏料理をご馳走するよ」
「けっこうですわ。わたくし、今日一日彼のサポートをする予定ですので」
「一日サポートってなんだよ! お節介すぎるだろ!」
堪らず口を挟んでしまったが、なんかスネイとかいう奴に睨まれてしまった。
「……失礼だが、君はどなたかな? 僕はスネイ。子爵家の者なんだがね。まさか、下民の分際で聖女に付き纏っているのではあるまいね?」
「俺は単なる村人だよ。別に付き纏ってはいない」
「そうですわ! 村人さんが慣れない都会暮らしで困らないように、わたくしから誘っていたのです」
しかし、俺も彼も部外者だろうに、こんな所で騒いでいていいんだろうか。迷惑だろうけど、貴族の手前文句を言えないんだろう。
「スネイ様。ここは冒険者が集まる場所です。関係のない方がいらしては迷惑になりますわ」
「これは困りましたね。では僕も登録しましょう」
シエナは追い払いたいらしいが、スネイとやらはどこ吹く風といった感じだ。困惑顔の受付嬢の前に立ち、筆で登録用紙に名前を書き始めた。
「ここで登録さえすれば、僕がシエナとお話をしていようが自由だよね。さて、魔力測定をしようか」
「むうう……なんなんですの!」
貴族の兄さんは魔力測定に使われるオーブに手をかざして念を送り始めた。やっぱり人間界でも魔力を測定するときはこのオーブを使うのか。
オーブが紫色に輝き、中央に魔力を数値化した文字が出現した。
受付嬢は最初は普通に見えていたが、測定結果が明らかになるにつれ目が見開いてくる。
「魔力1000! これは、上級冒険者になれる才能があります!」
受付嬢さんの高らかな声がギルド内に響き、ざわめきが巻き起こる。1000くらいで上級になれるってヤバくないか。全然低いと思うのだけれど。いや、貴族だから煽てているのかもしれん。
「くはは! どうだいシエナ。僕は冒険者としても一流になれるんだよ。もう登録は終わった。さて、こんな下民は置いておいて、二人でどこかに行こうじゃないか」
言うや否やスネイはシエナの腕を掴んだ。なかなかに強引だ。
「ちょっと、離してくださいっ。わたくしは村人さんに用事があるのです!」
「ええい! カスのような男がなんだと言うのだ?」
「カスなどではありません。村人さんは、才能に溢れた方です」
「ほーう。才能ねえ。では下民よ、貴様も魔力測定をしてみせろ」
なんかもっと面倒な話になって来やがったぞ。シエナはなんとか貴族の手を振り払うと、
「お願いです村人さん! この方に見せちゃってください! 村人さんの才能を」
とか言うもんだから、事態は悪化してくる。
「そうとも。やれるもんなら、やって見せろ! 僕とお前、どっちが上かはっきりさせてやろうじゃないか」
「……それは、挑んでいるのか?」
スネイは呆けた顔を浮かべたが、次第にニヤケてきた。
「ははは! 挑戦ということにしてやってもいい。ほら、さっさとやれよ」
挑まれてしまったのなら仕方がない。俺は新しく受付嬢さんが用意してくれた紙に、名前を【ゼル】、職業を【無職】と書き込む。
「ゼルさんですのね! ようやくお名前が解りましたわ」
面倒そうだったから、シエナには名前を聞かれてもずっと黙っていた。こうなったらしょうがない。すぐにオーブに手を伸ばしてみる。結果なら見えている。
魔力を送り始めてすぐ、紫色のオーブは急激に輝きを増していき、やがて。
内側から粉々に砕け散った。
「な、なに!?」と驚く貴族。大袈裟な反応だった。
「どうやら、このオーブは寿命だったらしい。測定できなくて残念だったよ。じゃあな」
この砕け散ったオーブは、そもそも魔力測定の許容量が少なすぎる。だから、ある程度以上に高い魔力を込めれば壊れてしまう。よし、これでやることはやった。帰ろう。
「まあ! 大変ですこと。でもわたくし、こんなこともあろうかと自前を準備しておきましたの」
「……は?」
なんか間抜けな声が出てしまった。シエナは自分の道具袋から、桃色のオーブを取り出してきた。驚いたことに持参していたらしい。
「さあゼルさん。予備のオーブですわ。こちらをご使用下さいませ」
「なんでこんなもん持ってるんだよ!? ……まあ、やるか」
しょうがない。こうなったらほんの少し、ちょっとだけ魔力を込めてみよう。それで僅かにギリギリ勝ったという形で終了だ。
俺は桃色のオーブに、勤めて些細な魔力を送ってみる。
オーブは部屋中を桃色に染めるほどに光り、今度は破壊されずに数値を叩き出した。受付嬢はさっきと同じように目を見開いている。いや、なんかワナワナと震えているようだ。それとシエナは目を輝かせてるっぽい。
「ま、魔力……一億!」
「凄い! とんでもない魔力量ですわ!!」
うわ……やっちまったかも。かなり抑えたんだけど。
「い、一億!? あり得るはずない! 僕が千で、あいつが一億だとお!?」
「そうだな。あり得るはずない。きっとオーブの故障だよ。というわけで帰る」
そそくさと立ち去ろうとする俺の背に、狼狽した貴族の一言が刺さる。
「ちょっと待てええ! このインチキ野郎、今すぐ化けの皮を剥ぎ取ってやる! 今すぐ僕と決闘しろ!!」
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