第4話 王都へやって来た
正直に言う。この大陸でやっていけるのか不安になってきた。
さっき相手した連中ときたら、全くと言っていいくらい人の話を聞かないんだからな。だから! アルストロメリアは何処だって……何度も聞いてんだろ!! って怒鳴りたくなったけど、そういう短気な行動を取ってしまうと後悔することが多い。だから我慢した。
さて、耐え忍んだことで事が良い結果に繋がったかといえば、なんとも微妙なことになっている。今はシエナという者の案内で、森を抜けて草原に出てきたところだ。
朝方くらいに到着する予定でいたのに、この様子では昼になりそう。
しかし、さっきまで気がつかなかったんだが、この子は大聖女だったようだ。なんてことだ。俺は元魔王だから、ちょっと神々しいの苦手なんだよ。グレーどころか真っ黒な生き方をしているせいか、知らぬ間に距離を取ってしまう自分がいる。
でも、当の聖女はなんだかぐいぐい来るから困る。
「旅人さん! あそこに見えるのがアルストロメリアですわ」
シエナが目を煌めかせて指差している向こうに、壁に囲まれた村が見えた。すると不思議なもんで、さっきよりも気分がマシになってきた。
「いよいよ村に辿り着くわけだな。ああ、ここまで長かった」
「え? 今、村って仰いましたか?」
「ああ、村じゃないか。どう見ても」
「まあ! 旅人さん、もしかして……」
なんだ。急に怪しいものを見るような目つきになったぞ。まさかだけど、今のやり取りで元魔王だとバレたりしないよな?
「……相当な田舎者……ではなくて! 豊かな地方からいらしたのですか?」
「サラッと失礼なこと言いやがったな! 別に田舎ってほどの所じゃないが。どうかしたのか」
「ご、ごめんなさい。アルストロメリアは王都であり、大陸では有数の規模を誇っているのですよ。村と間違えてしまう方は初めてでしたので」
俺は急に足を止めてしまう。何かにガツンと頭を殴られたような気分だ。
「え? ちょっと待ってくれ。あれで王都なのか?」
「ええ。旅人さんは田舎者……ではなくて! 大自然に包まれた世界で、豊かな暮らしをされていたので知らなかったのでしょうか」
「随分と綺麗な表現に変えたな」
どうやら本当にこの規模で王都と呼ばれているらしい。俺の国や周辺の都はもっともっと大きかったんだが。これも文化の違いというものだろうか。
「村でも王都でもどっちでもいい。俺は到着したら家を探すから、そこで君とはお別れだ」
やっと俺は本当の意味での自由を手に入れることができる。ああ待ち遠しい! 橋を渡りながら門まで行く道すがら、隣のおっとり系女子はなぜかそわそわし始めた。
「あの、旅人さん。お住まいを探されるということは、長く王都で生活されるご予定なのですよね?」
「ああ。ずっと暮らしていくつもりだ。考えてみれば城が近くにあるっていうのもいいな。治安が良くて面倒なことも起こらないだろう」
「でもでも、一人っきりの新生活って不安ではありませんか? あ! こんにちはっ」
シエナが手を振ると、門を塞いでいた兵士達が驚いて道を開けた。
「し、シエナ様!? なぜ外からいらしたんですか?」
「えへへ。ちょっと事情があったんですの。あ、こちらの方はわたくしの仲間なのです」
俺はとりあえず無言で会釈だけしてみた。すると目を丸くした兵士達がまじまじと様子を見てきて、どうも居心地が悪い。
とはいえ、ようやく到着したというわけだ。逃避行の計画にある終着点。今後のニート生活を謳歌する為の楽園に。俺はレンガの道を内心ウキウキしながら歩き、少し後ろにいた聖女に手を振る。
「案内してくれてありがとう。では、ここでさよならだ」
もう誘拐なんてされるんじゃないぞ、と。心の中で言葉を添える。本当に短い付き合いではあったが、なんか知らんけど助けてやりたくなるような、不思議な奴だったよ。
◇
……なんて、綺麗な別れ方をする予定だったのに。
「ここがアルストロメリアの劇場ですっ。わたくし演劇が好きで、鑑賞するだけでご飯三杯はいけますのよ」
「へえー、そーなんだ」
演劇でご飯三杯ってなんだよ。
「ここが若者に大人気の服屋です。旅人さんはそのままの服装だととても怪しいですし、日常生活が大変ですよね。早く普段着を購入したほうが宜しいかと」
「いや、しばらくはいいかな」
俺がどんな風に見えてるんだよ。
「ここがわたくしが通っている大教会です。早朝から夜まで、敬虔な信者の皆さんが祈りを捧げているのです。一緒にいかがですか?」
「神様は勘弁してくれ。きっと俺の天敵に違いないからな」
おかしい。アルストロメリアに入ったらお別れするはずだったのに、この娘は一向にさよならする気がないようだ。さっきから街中のあらゆる場所を案内されているんだが、一体何が目的なんだろうか。
「では次はー」
「待った! 君は拉致されていたんだろう。そろそろ家に帰ったらどうだ? みんな心配してるに違いないぞ」
「家のことは後回しですわ。今は旅人さんの新生活を手助けしなくてはなりません」
「いや、別に大丈夫なんだけど」
シエナは長い金髪を揺するように首をブンブン振った。
「ダメです。お話を聞く限り、旅人さんは都会に来たのは初めてみたいですし。王都にだって悪い人はいたりしますのよ。騙されて誘拐されたら大変ですわ!」
「誰かさんじゃないんだから、誘拐なんてされるか!」
ここまで自分を高い棚に上げる奴も珍しいもんだ。あれ、なんか押されてる。どんどん教会の扉に向かわされてるんだけど。ふと後ろを見ると、懸命に両手で俺を運ぼうとする聖女がいた。
「俺はそろそろロデオっていう賃貸屋の所へ向かわねばならん。って、なんで背中を押してるんだ?」
「うんんんぅ! 旅人さんに、わたくしが好きな教会をみて欲しくて」
「押し込もうとするな! 俺はここにだけは入らん! 入らんぞ」
「うふふふ! 冗談です。ですが、旅人さんをサポートしたいって気持ちは本当ですわよ。では、わたくしも賃貸屋に、」
いよいよもって面倒くさい流れになりかけた時、思いも寄らぬ助け舟が現れた。レンガ通りの向こうから、明らかに騎士って鎧を着た連中が五人ほどこっちに駆けてくる。
「聖女さま! 聖女さまぁあああー!」
「一体どちらにいらしたのですか!? みんな、聖女様を城へ! まずは国王様の元へ無事をご連絡しに行くぞ!」
その中でとりわけ筋肉質な短髪の男が、高らかに声を上げる。中には魔法使いっぽい女もいるし、バラエティーに富んだ連中だなぁ。
「は! ささ、聖女様!」
騎士連中は身のこなしが軽くて速い。あっという間にシエナを取り囲んだかと思うと、ヒョイっと息を合わせて担ぎあげてしまう。
「きゃあー! 待ってください。わたくしはまだ用事がありますのよ。そちらの旅人さんをぉー」
「もうあなた様の話は聞きませぬ! そうやって我々を欺いて、いつも警備を撒くのですからね!」
「運べー!」
子供みたいに手足をバタつかせる聖女は、あっという間に城の方へと消えていった。
「よーし。これでようやく一人になったぞ」
俺はホッとしつつ、すぐに賃貸屋に向かった。頼りになる知人はあいつしかいない。なんとか家を紹介してもらえれば、後は悠々自適の無職生活が待っている。
ただ、魔王城で会ったときは当然ながら怖がっていた。今回はまったく敵意もない、元魔王であるということを最初にアピールしないと、怖がって相手してくれない可能性がある。
または、通報されて城の兵士たちが来ちゃうとか。
そうならないように、努めて明るく朗らかに接してみよう。俺はもう魔王ではないのだ。歩くこと数分、あっさりと賃貸屋にたどり着き、受付嬢に笑顔で事情を説明する。
「承知しました。少々お待ちください」
よし! 受付嬢の反応を見る限り、印象は悪くない。これならいける。
小さなテーブルの前で、俺は爽やかな応対をイメージしながら待った。そしてとうとうロデオはやって来て、頭を下げつつこちらに微笑を浮かべる。
俺も彼と同じように、ニッコリと笑ってみせた。
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