第250話 清楚って難しい③

 途中参加のミミちゃんにも分かるように、あたしはこの配信の主旨とここまでの経緯を一つずつ説明することにした。


「実は、新しい属性が欲しいなって思ったの。それで、あたしと言ったら清楚でしょってことで話を進めようとしたんだけど、リスナーさんたちが納得してくれなくて。だったら清楚代表のミミちゃんから秘訣を盗もうってことになって、急遽連絡していまに至ったって感じかな」


「なるほど、そういうことだったんですね」


 ミミちゃんが納得した様子でうなずく。


「ごめんね、なんの説明もなく呼んじゃって……」


「それは全然大丈夫なんですけど、一つ言わせてください」


「う、うん」


 いったい、改まってなにを言われるのか。

 否が応にも緊張感が高まり、ミミちゃんの息遣いをも鮮明に聞き取るほど聴覚が鋭敏になる。


「ユニコちゃんはそのままで充分素敵ですから、新しい属性なんて必要ないです」


「ミミちゃん……っ!」


 あまりにも嬉しすぎる言葉に、思わず抱き着きそうになってしまう。

 感極まった状態で抱き着いてしまえば、それだけでは済まないのは明白。

 ここは我慢と自分に言い聞かせ、いまにも勝手に動きそうな体を意思の力で抑える。


「ゆ、ユニコちゃん、配信中ですよ」


 マイクに入らないような小声で、ミミちゃんがあたしにだけ聞こえるように囁いた。

 それによってようやく、あたしは自分が取った行動に気付く。


「――っ!? あ、あたし、いつの間に……」


 無意識のうちに、ミミちゃんを抱きしめていた。

 ミミちゃんに惹かれてスキンシップを求める本能は、意思の力程度で完全に抑えられる代物ではなかったらしい。

 ただ、ハグより先の行為へ進ませなかった自制心は褒めてあげたい。


「2Dだからセーフ! じゃなくて、ミミちゃんのファンに言い訳させてもらうけど、感動して抱き着いちゃっただけで、それ以上のことはしてないからね! 変なところは触ってないから、安心してね! それと、どさくさに紛れておっぱい揉んだりもしてないから!」


『羨ましい』

『てぇてぇからオッケー』

『もっとやって』

『焦りすぎてて草』

『むしろ3D化したらもう一回やってほしい』


「気を取り直して、清楚属性ゲットのためにミミちゃんから秘訣を盗むぞ~! というわけで! ミミ先生、清楚になるために必要なことを教えてください!」


 いろいろとボロが出そうだったので、半ば強引に軌道修正する。


『それはもう秘訣を盗むって言わないのでは……』

『堂々と聞くのは潔くて好き』

『まずは落ち着いて』

『勢いがすでに清楚じゃないんだよなぁ』


「そもそも、わたしは別に清楚じゃないですよ。声をかけてくれたのは嬉しいですけど、盗んでもらえるような秘訣なんてありません。でも、清楚になるために必要なことに関しては……多分ですけど、エッチなことを言うのを控えるといいんじゃないかと思います」


「ミミちゃんが清楚じゃなかったら誰も清楚じゃないよ! それに、あたしは別に配信でそこまでエッチなこと言ってないはず……言ってない、よね? あれ、どうだっけ? 言ってた?」


 雑談とかだと思ったことをそのまま話すことが多いから、後でアーカイブを見返した時に「おっぱい」とか「ミミちゃんのお尻が~」とか無意識に言ってたことに気付くっていう経験は多々あるけど――あっ、それが多々あるからダメなのか。

 そう考えると、ミミちゃんとの関係がバレてないのは奇跡かもしれない。


『ミミちゃんは清楚で間違いない』

『覚えてないんだ』

『たまにハラハラすること連呼してるよね』

『エグい下ネタは言わないイメージ』


「でも、なんか『おっぱい』って声に出すとテンション上がらない?」


「その感覚はちょっと分からないです」


「そうなの? 全人類共通だと思ってた」


『清楚は諦めよう』

『ユニコちゃんはいまのままが一番いいよ』

『無理して変わっても窮屈なだけだと思う』


 コメントの様子を見ていると、最初の方はあたしを清楚扱いしてくれる人が少しいたのに、いまはあたしに清楚は無理という意見で完全に一致している。

 自分でも薄々分かってはいるけど、ここであっさり引き下がるのも悔しい。


「そうだ! ちょっと強引だけど、清楚っぽい語尾を付けて話すのはどう? 『ですわ』とか『ざます』とか」


『それ清楚かな?』

『語尾の後付けは厳しくない?』

『清楚っていうかセレブっぽい』

『半年後には忘れてそう』


「語尾がダメなら、声のトーンを――」


 と、こんな感じでいろいろ案を講じつつ試せそうなものは実践してみたりしたものの、反応は決して芳しいとは言えず。

 ミミちゃんが来てから三十分ぐらい経った頃にはもう、


「特に夜はすっかり秋って感じの気温になったよね~。近所のコンビニに行く時も、上着がないと肌寒いもん」


 まったく違う話題にすり替わっていた。


「コンビニと言えば、昨日おでん食べましたよね」


「うんっ、おいしかった! 大根の煮え具合がちょうどいい感じで、あれは家だとなかなか再現できないよ~」


 今日の結論、あたしに清楚は難しい。

 そして、コンビニのおでんはおいしい。

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