第246話 ある日の夜中のちょっとした出来事

 日付が変わって少し経った頃、視聴者参加型のゲーム配信を終えた。

 あたしも決して下手な方じゃないと思うんだけど、乱闘というよりはボコボコにされる展開が多かった気がする。


「んんっ……」


 立ち上がってから軽く伸びをして、部屋の外に向かって足を進める。

 ミミちゃんは配信前に話した際に今日は早めに寝ると言っていたから、今頃はもう夢の中だ。

 あたしも歯を磨いてトイレを済ませて寝るとしよう。

 と、思ったけど眠くないからなんとなくリビングへ。

 キッチンへ赴き、コーヒー――は余計に眠れなくなりそうだから、ホットミルクを飲むことにした。

 耐熱コップに牛乳を注いでレンジで温めたら、こぼさないように気を付けてリビングのソファに移動する。


「ふ~、ふ~」


 コップ越しに伝わる温度が思ったより高かったので、息を吹きかけて少し冷ます。

 ミミちゃんにしてもらえたら最高だけど、そんな贅沢は言ってられない。


「いただきます」


 飲める温度になったか確かめるために、最初の一口は慎重に。


「はぁ~、落ち着く」


 ちょっと熱めのホットミルクが染み渡り、思わず独り言が漏れてしまう。

 こうして夜中にソファで温かい飲み物を嗜んでいると、なんとなく大人っぽさを感じる。

 周りから見たら違うかもしれないけど、あたしだけはいまの自分が大人っぽさを演出できていると主張したい。


「ミミちゃん……」


 落ち着いたら急に寂しさが襲ってきた。

 対戦が盛り上がりすぎて配信が思ったより長引いたから、今日はおやすみのキスができなかった。

 配信前に話した時に何回かキスしたけど、それとおやすみのキスはまた別。

 いますぐベッドに忍び込んでキスしたい。でも、ミミちゃんの睡眠を邪魔したくない。

 悶々とした気持ちを切り替えるため、ホットミルクに意識を向けてみる。

 単体でも充分においしいけど、クッキーと合わせたらもっとおいしいよね。

 とは言っても、この時間にクッキーはさすがにマズい……。

 こういう時のために、糖質オフのクッキーを買い置きしておくのもいいかもしれない。

 そんなことを考えながらコップを傾けているうちにホットミルクを飲み干し、それに伴ってクッキー欲もどこかへ消えていった。

 コップを洗って、リビングの明かりを消して廊下に出る。


「み、ミミちゃん!?」


 すると、そこにはパジャマに身を包んだ最愛の人が、眠気を感じさせる表情をして立っていた。

 ミミちゃんを求めるあまり限りなくリアルな妄想を思い浮かべているのだろうかと目の前の光景を疑い、真偽を確かめるために抱き着いてみる。


「本物だ~っ」


「ほんものですよぉ」


 半分というかほとんど寝ている声で返事しながら、優しく抱き返してくれた。


「寝てたんじゃないの? おしっこ?」


「ねてました。おしっこです。ろうかにでたら、なんかあかるくて」


 なるほど、トイレに行こうと部屋を出たらリビングの明かりに気付いて様子を見に来たらしい。

 ということは、あと少し早くあたしが部屋に戻っていたらこうして顔を合わせることはなかったってことだ。

 悶々としていた時間は、無駄じゃないどころかとんでもない幸せをもたらしてくれた。


「あたしももう寝るところだったんだ~。それでね、急でごめんなんだけど、一緒に寝てもいい?」


「もちろんですよ。えへへ、いっしょにねれてうれしいです」


 ミミちゃんは普段から常時最高にかわいいけど、寝ぼけてる時はまた違ったかわいさがある。


「準備したらお邪魔するから、先にベッドで待ってて」


「はぁい」


 そして、あたしは部屋に戻ってパジャマに着替え、洗面所にて無駄のない動きで迅速かつ丁寧に歯を磨き、ササッとトイレを済ませてミミちゃんの部屋へ。もちろん手は洗った。


「ミミちゃんお待たせっ」


「まってましたよー。おやすみのキス、してください」


 この上なく眠いはずなのに、ミミちゃんはベッドに腰かけてあたしのことを待ってくれていた。

 いつもならこの後ひたすらイチャイチャする流れだけど、今日はさすがにそうならないと思う。


「ミミちゃん、おやすみ」


 二人でベッドに寝転び、抱き合いながらキスを繰り返す。

 七回目のキスをしてから一分ほど経ち、目の前ではミミちゃんがすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。

 あたしもそろそろ眠くなってきたと思っていたら、不意に大きなあくびが漏れた。

 いい夢が見れそうだと確信に近い予感を抱き、ミミちゃんの温もりを感じながら眠りに落ちていく。

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