第226話 ケーキとフルーツ①

 近所のスーパーから帰ってきて朝昼兼用の食事を済ませた後、あたしとミミちゃんはキッチンに立ってデザートの準備に取りかかっていた。

 メインとなるのは、さっき買ったケーキ。

 あたしがチョコレートケーキで、ミミちゃんがショートケーキだ。

 これらはまだ冷蔵庫の中で出番が来るのを待っている。

 いま目の前にあるのは大きめのボウルと食べ頃のリンゴであり、あたしはおもむろにリンゴを手に取った。


「ミミちゃん、しっかり見ててね。皮とか種も含めて跡形もなく粉砕するから!」


 力を込めやすいように握り方を調整しつつ、あたしは自信満々に告げた。

 ケーキのお供に、この手でリンゴを握り潰して文字通りお手製のリンゴジュースを――


「んっ……ぐっ……んん……っ!」


 学生時代の握力測定を思い出しながら全身の力を右手に集約して握っても、リンゴは潰れない。

 呼吸を整えてから再び力を込めてもリンゴの形状に変化はなく、挑戦を繰り返すたびに握力は少しずつ弱まっていく。

 リンゴはあたしの執拗な攻撃なんてものともせず、もともとの形を保っていた。


「はぁ、はぁ……うぅ、全然潰れない……」


 最後に一度だけ試すも結果は変わらず、あたしは泣く泣く諦めてリンゴをボウルの中に置いた。


「惜しくはありませんでしたけど、やる気と勢いはすごかったですよ」


 そう言いもって頭を撫でてくれるミミちゃん。

 慰めてくれるのは嬉しいんだけど、惜しくはないとハッキリ言われてしまった。


「日々ミミちゃんのおっぱいを揉んでるから、少しは握力が強くなってると思ったんだけどな~」


「は、反応に困ること言わないでくださいっ」


「ミミちゃんも試してみる? とは言っても、あたしのサイズだと撫でたり触ったりぐらいしかできないから、握力にはあんまり影響してないと思うけど」


「その理論で言うなら、ユニコちゃんだって握力は前とほとんど変わってないと思いますよ。わたしの……その、胸を揉む時、いつも優しいですから。激しめの日だって、刺激は強いですけど力任せに揉まれたことはないですし」


 視線を逸らしながらミミちゃんが言う。

 後半になるにつれて顔が赤くなり、恥ずかしさからか最後の方はかなり早口になっていた。


「じゃあ、リンゴジュースは諦めるしかないか~」


 いつもなら意気揚々とエッチな話題に持って行くところだけど、今回はそれができなかった。

 平静を装っているものの、心臓の鼓動は平時よりも早い。

 普段エッチなことを言わないミミちゃんの口から発せられた『激しめの日』という言葉に心身が過剰に反応してしまったからだ。

 不良が雨の日に子犬を拾うとか、そういう類のギャップがもたらす効果なんだと思う。

 加えて、直接的な言葉ではないからこそ余計に興奮してしまうのかもしれない。

 例えばミミちゃんが『わたしのおっぱい、ぎゅ~って揉んでください♥』と誰が聞いても卑猥と感じるようなことを言ったら、それは別に――あれ? いや、そんなこと言われたら普通に興奮するというか、想像しただけでエッチな気分になってきちゃった。


「ユニコちゃん、急にボーッとしてどうしたんですか? そんなにリンゴジュースが飲みたいなら、いまから買いに行きましょう。ちょうど食後の運動にもなりますよ」


「ごめんごめん、ちょっと考え事してただけ。リンゴジュースにはそこまで固執してないから大丈夫だよ、ありがとっ」


 あたしがボーッとしていたことについて、ミミちゃんは自分の何気ない発言が理由だとまったく気付いていない様子だ。

 さっき思い浮かべたセリフを言ってほしいとお願いしたら、果たしてミミちゃんはどんな顔をするだろうか。

 また妄想に耽ってしまいそうなので、いまはとりあえず目の前のリンゴを切り分けることに意識を向けることにした。

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