第227話 ケーキとフルーツ②
くし切りにしたリンゴをボウルに入れ、そこに洗って水気を切ったイチゴも加える。
フルーツはいつもお皿に盛り付けてるので、ボウルに入ってるのを見るとなんとも不思議な感覚になる。
「ケーキ出しますね」
フルーツの準備ができたタイミングに合わせて、ミミちゃんが冷蔵庫からケーキを取り出す。
「うん、ありがと~」
リンゴジュースは作れなかったけど、それに関しては正直予想通りではある。
あたしは二人分のフォークを取り出し、フルーツが入ったボウルと共にリビングのテーブルへ持って行った。
このまま食べ始めてもいいけど、やっぱり飲み物は欲しい。
ミミちゃんと一緒に再びキッチンへと移動して紅茶を淹れてからリビングに戻り、ここでようやく席に着く。
蓋を外した瞬間にチョコレートの甘い匂いがふわっと解き放たれ、素手で掴んで丸ごと口に運んでしまいたくなるような衝動に襲われた。
ケーキの誘惑によって乱れかけた心を落ち着かせるようにゆっくりとフィルムを外し、呼吸を一つ挟んでから手を合わせる。
「いただきま~すっ」
「いただきますっ」
フォークを手に取った後、流れるような動きで一口目を口に運ぶ。
スポンジはあっさりとした甘さで、クリームは濃厚な甘みの中にアクセント程度のかすかな苦みを感じる。
「ん~っ」
特別高級なわけでもなければ、期間限定の商品というわけでもない。
最寄りのスーパーのデザートコーナーにいつも並んでいるごく普通のチョコレートケーキなのに、思わず頬が緩むほどおいしい。
「おいしいですね」
「うんっ。十個ぐらいなら余裕で食べれそう!」
二口目もよく味わって食べ、いったん紅茶で口の中をリセットして三口目を食べる。
そして、今日のデザートはケーキだけではない。
「ミミちゃんミミちゃんっ。あたし、イチゴ食べたいな~」
ボウルの中にあるイチゴをチラッと見てから、ミミちゃんの瞳をジッと見つめる。
「え? どうぞ、遠慮せず食べてください」
意味深な熱い視線を送ってみたものの、残念ながら意図を汲み取ってもらうことはできなかった。
「そうじゃなくて、口移しで食べさせてほしいの!」
もったいぶることなく、欲望をありのまま言葉にして伝える。
「…………く、口移し!?」
ミミちゃんはピタッと動きを止めて瞬きだけ何度か繰り返し、数秒ほど経ってあたしの要求を理解すると同時にイスがガタッと揺れるほどの驚きを見せた。
あたしたちはごはんやお菓子を食べさせ合うことは日常茶飯事だし、そもそも口移しだって経験済みだ。
それでも、まさかこのタイミングで要求されるとは思ってなかったらしい。
「ダメ?」
「だ、ダメじゃないですけど……は、恥ずかしい、です」
あまりにも急だったせいか、心の準備ができていない様子だ。
今回は素直に諦めた方がいいだろうかと思い始めた矢先に、一つの考えが頭に浮かぶ。
「じゃあ、先にあたしが口移しで食べさせてあげよっか?」
「お願いします」
即答だった。
あたしから提案した形ではあるものの、ここまでハッキリと口移しを求めてもらえるのは恋人として素直に嬉しい。
「ケーキとイチゴとリンゴ、どれがいい?」
「えっと、じゃあ……ケーキを」
控え目な態度でありながら、何気に最も大胆な選択肢を選んだミミちゃん。
リンゴやイチゴなら咥えるだけで済むけど、ケーキを確実に口移しで食べさせるには口に含む必要がある。
「うんっ、分かった!」
あたしは嬉々としてうなずき、一口分に切ったチョコレートケーキを自分の口に運んだ。
そしてテーブルに身を乗り出し、対面のミミちゃんに顔を近付けていく。
徐々に高鳴る心臓の鼓動を感じながら、ケーキをこぼしてしまわないようにしっかりと唇を重ね、舌を使ってケーキをミミちゃんの口内へと移動させる。
「んっ、あむっ」
無事に口移しが完了し、ミミちゃんは心底幸せそうな表情を浮かべてケーキを味わった。
この幸福感に満ちた顔はチョコレートケーキのおいしさによるものなのか、それとも口移しという行為によるものなのか。
自惚れと言われてしまうかもしれないけど、後者であると断言したい。
「ミミちゃん、あたしにも食べさせて!」
数秒後のあたしは、ミミちゃんと同じ幸せに満ちた笑顔を浮かべているに違いない。
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