第222話 ヤンデレごっこ③

「シチュー食べたくなってきた」


 一夜明けて、素材集めのため仮拠点を後にして数分が経った頃。

 視界に入った洞窟に足を踏み入れつつ、ふと思い浮かんだ言葉がそのまま口から漏れた。


「まだ仮拠点に何個か残ってますよ」


「え? あっ、ごめんっ。ゲームじゃなくて、リアルの話!」


 我ながら紛らわしい発言だったと気付き、慌てて補足する。


「ゲーム内でシチューを食べたりシチューのこと話したりしてるうちに、なんかシチューの気分になっちゃって」


「なるほど、そういうことですか。じゃあ、今日の晩ごはんはシチューにしますか?」


「うんっ!」


 というわけで、今晩のメニューが決定した。


『てぇてぇ』

『なんかいまのやり取りすごく好き』

『そう言えばリアルでも一緒に住んでるんだよね』


 ヤンデレムーブの時とそうじゃない時でコメント欄の雰囲気がパッと変わっていることに、リスナーさんのノリのよさをすごく感じる。

 途中で投げ出さずにヤンデレごっこを続けられているのは、リスナーさんのおかげと言っても過言ではない。


「けっこう集まったし、いったん戻ろ~っと」


 シチューのことはひとまず頭の片隅に置き、洞窟探索をほどほどのところで切り上げて仮拠点に戻る。

 集めた素材を仕舞ったら、また素材を――


「ん?」


 気分転換に別ルートを進んでいると、ミミちゃんがNPCのそばにいるのが見えた。

 アイテムのやり取りをしてるだけってことはもちろん分かってるんだけど、今日のあたしはこの現場を目撃してなにもせず通り過ぎるわけにはいかない。

 後方に回って、木や草に身を隠しつつじりじりと距離を詰めていく。


『あっ』

『これは修羅場』

『事件起きそう』

『早まらないでね』

『いつの間にか剣構えてて草』


 リスナーさんも気付いているように、あたしは移動しながらさりげなく剣を手にしていた。

 ことと次第によっては、この剣を容赦なく振り下ろすことになる。


「……ミミちゃん、その人誰?」


 二人を射程圏内に捉えるや否や、開口一番に質問を投げる。


「わっ、いつの間にそこにいたんですか? 誰って、行商に――」


 別行動していたはずのあたしがいきなり背後に現れたことで、ミミちゃんがほんのちょっと驚く。

 そして、ありのままを話すミミちゃんの言葉を遮るように、あたしは剣を振るった。


「ゆ、ユニコちゃん!?」


「ミミちゃんに近付いていいのは、あたしだけだよ。その人が誰だか知らないけど、ミミちゃんには必要ない」


 自分でも驚くほどの暗く沈んだ声で、静かにつぶやく。

 発言の不穏さとは裏腹に、『あたしってこんな声出せるんだ』と新しい引き出しを見付けて得した気分になっていた。


「邪魔者は消さないといけないけど……ミミちゃんにも、あたし以外の人と話した罰を受けてもらわないとね」


「ま、待ってくださいっ」


「ダメ、待たない」


 あたしは再び剣を振り下ろし、攻撃の意思を見せ付ける。

 すると、ミミちゃんは一目散に駆け出した。


「あははっ、逃げても無駄だよミミちゃん!」


 なんかいまのヤンデレっぽい!

 口から出そうになった言葉を頭の中に留めつつ、懸命に逃げるミミちゃんを追いかけ回す。

 森の中で恋人を追うこの状況は、海辺で追いかけっこするカップルを連想させるような気がしないでもない。

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