第176話 使うかどうかは別として

 つい、興味を惹かれて買ってしまった。

 必要かどうかは分からないし、使うかどうかも分からない道具。

 存在は昔から知っていて、用途についても把握している。

 でも、購入したのは今回が初めてだ。

 外出から帰るついでに郵便受けを覗いたあたしは、配達用に梱包されたそれを手に取り、一抹の緊張を抱きながらワクワクした気分でエレベーターに乗り込む。

 ミミちゃんの反応を想像しながら早足で歩き、どういう風に話を切り出すか考えながら玄関のカギを開ける。


「ただいま~」


「おかえりなさい」


 帰宅のあいさつを交わし、リビングから出てきたミミちゃんと廊下で熱い抱擁を交わす。

 しばらく抱き合ってミミちゃんの温もりや匂いを堪能したら、ハグの前に床に置いておいた荷物を手に取る。

 A4サイズの梱包資材に隠された品物の正体について、さっそくこの場で打ち明けることにした。


「ローター買っちゃった!」


 短い時間でいろいろ思案した結果、もう単刀直入に言ってしまおうという考えに至った。


「へ?」


 突然の発表にキョトンとするミミちゃん。

 数秒遅れて理解したらしく、「え? えっ?」と頬を赤らめながら瞬きを繰り返す。


「じゃ~んっ」


 もったいぶることなく商品を取り出し、ミミちゃんに見せ付ける。


「こ、ここ、これが……」


「いわゆる大人のオモチャだね! あたしたちは大人だから、持ってても全然おかしくないよ~。まぁ、お母さんが来た時とかに見られるとさすがに気まずいだろうけど」


 たとえ使わないまま放置することになったとしても、見えるところには置かないように気を付けないと。

 以前購入したハンディマッサージャーはあくまで健康器具だから、分かりやすい場所に堂々と保管している。


「つ、使うんですか?」


「それなんだけど、どうしようか迷ってるんだよ~。気まぐれとはいえ、買った以上は使うべきだと思うんだけどね」


「ユニコちゃんが、これを……」


「……ん?」


 ちょっと待って。

 冷静に考えてみれば、これって基本的には一人で使う物だよね?

 当然のようにミミちゃんとエッチする時に使う前提で話してたけど、ミミちゃん視点だと『外出から帰ってきた恋人が、一人でする時に使うオモチャを嬉々として見せ付けてきた』っていう状況なわけで。

 ミミちゃんが想像するとしたら、二人で愛の営みに励んでいる場面ではなく、あたしが一人で致しているところなのでは……?


「待ってミミちゃん! 誤解だよ! これは決して自分用ってわけじゃなくて、ミミちゃんとエッチする時に使ってみるのもありかな~っていう考えで買ったの!」


 さすがのあたしでも、一人でしているところを想像されるのは非常に恥ずかしい。

 誤解を正すべく、早口でまくし立てた。


「あ、確かにこれって本来は一人で使う物ですよね」


「え? ということは、ミミちゃんも最初からエッチする時に使う用だと思ってたってこと?」


「そうですよ」


 なんだ、誤解されてたわけじゃなかったんだ。


「よかった~。そうだ、せっかくだから今夜にでも使ってみる? もちろん、ミミちゃんがよければだけど」


 自分のことながら、恥じらうポイントが謎だと言わざるを得ない言動だ。

 いや、でも別におかしくはないのかな。

 例えばお風呂に二人で入るのは日常茶飯事だけど、トイレの個室に二人で入ることはまずないわけだし。


「いいですよ。でも……ユニコちゃんに直接触ってもらう方が、きっと気持ちいいと思います」


 恥じらいながら告げられたその言葉は、いともたやすくあたしの心を射抜いた。

 今夜にでもと言ったのは、取り消させてもらおう。

 ここで我慢できるほど、あたしの自制心は強くない。

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