第175話 夏っぽい企画に向けて⑩

 トイレ休憩と水分補給のため、いまは全員がプールサイドに上がっている。

 みんなへの弁明を無事に済ませたあたしは、冷えてきた体をミミちゃんとのハグで温めている最中だ。


「あ~、体の芯まで癒やされる~」


 ミミちゃんにギュッと抱きしめられながら、谷間に顔を埋める。

 心からリラックスできると同時に興奮も禁じ得ない。


「さてと、そろそろ二回戦始めるわよ」


 十分ほど経った頃、エリナ先輩が再開を告げた。

 先ほどの試合で負けたあたしとミミちゃんが審判と実況を担当し、一期生と三期生が対決する。


「ネココたちが勝ったら、先輩たちにもネココと同じ語尾で話してもらうにゃ」


「いいよー。その代わり、そっちが負けたらご主人様って呼んでね」


 四人の準備が整って試合開始を宣言しようとした矢先に、ネココちゃんとシャテーニュ先輩によってそれぞれのパートナーを巻き込んだ賭けが成立してしまう。


「ちょっ」


「えっ」


 エリナ先輩とスノウちゃんは驚いた様子で各々の同期に視線を向けるも、あたしは無慈悲に審判の役割を果たすことにした。


「面白い展開になってきたところで、さっそく試合開始~! みんな頑張って!」


「ユニコちゃん、容赦ないですね」


「配信者としては、正しい選択かな~って」


「た、確かに……一瞬で判断するなんて、さすがユニコちゃんですっ」


 感心されるようなことじゃないからなんとも照れ臭いけど、愛する人からの称賛は素直に受け取っておこう。


「さぁ、ネココちゃんのサーブから試合が始まったよ! 一期生と三期生による尊厳と誇りと存在を賭けた戦い、果たして勝つのはどっちだ~!」


「そんなにいろいろ賭けてないわよ!」


 内容を盛った実況にツッコミを入れつつも、最短ルートでボールの落下地点へ行き的確なトスでシャテーニュ先輩につなげるエリナ先輩。

 こうして俯瞰で見ることによって、動きのよさを再確認させられた。

 先輩たちに善戦したあたしとミミちゃんは、誇りに思っていいんじゃないだろうか。


「水の精霊よ、ボクに力を!」


 スノウちゃんが眼前に迫ったボールを見据え、よく通るきれいな声を周囲に響かせた。

 呼びかけに応じてプールの水が生き物のようにボールを追う――


「ぷぎゃっ」


 ということにはならず、無情にもスノウちゃんの顔面に直撃した。


「スノウ、ナイストスにゃっ」


 奇しくも顔面レシーブによって跳ね上がったボールはネココちゃんにとって絶妙な位置へのトスとなり、放たれたスパイクはエリナ先輩とシャテーニュ先輩のちょうど真ん中を射抜いた。


「先制点は三期生チーム! スノウちゃんの身を挺したトスからの、ネココちゃんによる鮮やかな一撃!」


「きれいに決まりましたねっ。ただ……スノウちゃん、大丈夫ですか?」


「大丈夫、衝突の寸前に防御魔法を使ったからね」


「スノウの犠牲を無駄にしないためにも、絶対に勝たせてもらうにゃ!」


「犠牲になった覚えはないけど、連戦の疲れが残る先輩たちに負けるわけにはいかないね」


 そして、先制点を取った勢いのまま三期生チームが果敢に攻め続け、数分に及ぶ長いラリーの末に2ポイント目をもぎ取る。

 完封勝利の可能性すら見えてきた試合展開となったものの、後輩たちが直前のラリーでポイントの代わりに失ったものは大きい。


「諦めないのは偉いけど、つらくなったら我慢せず棄権しなさいよねっ」


 エリナ先輩がビーチボールを強打し、三期生チームの陣地にボールを叩き込む。


「わざとじゃないけど、さっきのラリーでこっちが有利になっちゃったねー」


 続いてシャテーニュ先輩も針の穴を通すようなコントロールで二人の間に落とし、あっという間に両チームの得点が並んだ。

 先ほどのラリーでは三期生チームの運動量が明らかに一期生チームよりも多く、動けなくなるほどではないにしても、疲労はハッキリと見て取れる。


「シャテーニュ、決めなさい!」


「おっけー」


「んにゃっ」


「くっ」


 三期生チームは最後まで奮闘したものの、勝負を制したのは一期生チームだった。

 二連勝した一期生チームをめちゃくちゃ褒め称えた後、試合後の休憩に入る。


「本番では休憩時間を長くしたり、試合の間に別の催しを挟んだりした方がよさそうですね」


 みんなにタオルを渡しながら、ミミちゃんが言う。

 その意見に反対する要素は微塵もなく、全員が口をそろえて賛成した。

 いまの試合で疲弊した三期生はもちろん、一期生も連戦による疲れが溜まっている。

 あたしとミミちゃんは比較的余裕があるとはいえ、ここから数試合できるかと言われれば怪しい。


 ――ぐぅぅぅぅ~。


「よかったら、みんなでごはん食べに行かない?」


 お腹の音をごまかすかのように、あたしはやや早口で提案した。


「そうですね、ぜひ行きましょう」


 真っ先に返事をくれたミミちゃんも、なぜか早口だし顔がほんのり赤い。


「やっぱり動いたらお腹空くわよね」


「だよねー、いつもの二倍は食べれるかも」


「焼肉食べたいにゃあ」


「くっ、封じられた黒龍が贄を求めている」


 エリナ先輩、シャテーニュ先輩、ネココちゃん、スノウちゃんも、一見すると普段通りだけど心なしか早口だし顔が赤い。

 もしかして、あのタイミングでお腹が鳴ったのはあたしだけじゃなかった……?


***


 あれから最寄りの焼き肉店でお腹いっぱいになるまで食べたあたしたちは、しっかりとデザートまでいただいた。

 食後の運動に少しばかり近辺を歩いてから本社ビルに戻り、専用プールを改めて満喫。

 気が済むまで遊んで解散する頃には、もうすっかり日が暮れていた。

 企画についてまだ内容を煮詰めていく必要はあるけど、それはまた明日以降だ。

 帰ってお風呂に入ったら、寝るまでミミちゃんとまったり過ごそうと思う。

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