第45話 ミミちゃんとシチューを作りながら配信する②
スマホに表示されたレシピに目を通し、次の工程を確認する。
このスマホは事務所から配信用に支給された物とは別の、Vtuberとして活動する以前から使っているあたしの私物だ。
「次はお肉だね~。これもジャガイモやニンジンと一緒で、一口大に切っていくよ!」
「ちなみに、今回使うのは鶏もも肉です」
リスナーさんに向けての説明を口にしつつ、パックから取り出したお肉をまな板に載せる。
遺憾ながら、あたしの胸をまな板と呼ぶリスナーさんは数多い。
何気なく視線を真下に向けると、遮る物はなにもなく、足元をハッキリと視認できた。
あたしにとってバーチャルとリアルにおける最たる共通点は、胸のサイズかもしれない。
「ミミちゃん、ちょっと真下を見てくれる?」
「? 分かりました」
ミミちゃんはキョトンとしながらも、素直に従ってくれた。
「足元見える?」
「見えないです」
「だよね」
とまぁ、そんな特に意味のないやり取りを交わしながらお肉を切っていく。
一口サイズと言っても、あたしとミミちゃんはそれほど口が大きくない――どちらかと言えば小さい方なので、必然的に食材を切り分ける際のサイズも一般的な一口サイズよりわずかばかり小さめとなる。
「よーしっ、それじゃあいよいよフライパンの出番だよ~!」
この家のキッチンに備わっている三口のコンロはすべてIHだ。
最近だと普通なのかもしれないけど、あたしとミミちゃんにとってはガスコンロが当たり前だったので、最初はそれなりに衝撃を受けたのを覚えている。
いまとなっては生活の一部として普通に馴染んでいるのだから、人間の順応力は大したものだ。
「まずはバターですね。ユニコちゃん、フライパンを中火に熱しておいてください」
そう言って冷蔵庫に向かうミミちゃん。
「りょーかいっ」
あたしはパネルを操作して中火に設定し、改めてカメラの位置を確認する。
「ゆ、ユニコちゃん、大変です……」
「どうしたの? 賞味期限切れてた?」
牛乳やバターなど、冷蔵庫にあると記憶している一部の材料は今回新たに購入していない。
開封後はできるだけ早めに使うよう意識しているものの、気付かぬうちに賞味期限が切れている可能性もある。
「バターは大丈夫なんですけど、牛乳が、その……」
牛乳かぁ。シチューを作るためには決して欠かせない存在だ。
特に今回はルーを使わないから、ことさら重要度が高い。
消費期限ならともかく、賞味期限であれば数日ぐらい経過していても平気なはず。
もちろん推奨はできないし、本当なら賞味期限前に飲み切る、もしくは料理に使うのがベストだけど。
「仕方ないね。お腹壊しちゃったら、その時はその時ってことで」
『待て待て』
『落ち着いて』
『お腹痛くなっちゃうよ』
『ヨーグルト状になってなければワンチャン』
『もったいないけど、危ないと思ったらやめた方がいい』
コメント欄の様子をうかがうと、大半が制止や心配の声ばかり。
企画倒れになってしまうけど、ここは素直に諦めるべきだろうか。
「ち、違うんです。賞味期限がどうこうじゃなくて……牛乳、ありませんでした」
「えっ!? ないの!?」
驚愕の声を上げてミミちゃんの方に視線を送ると、ミミちゃんがコクリとうなずいた。
まさか、配信を始めた時点で企画倒れとなる未来が決まっていたとは。
「「うーん……」」
示し合わせたかのように、二人の悩まし気な声が重なる。
もちろんただの偶然に過ぎないんだけど、こんな状況でも息がピッタリであることが地味に嬉しい。
「こうなったら、シチューじゃなくて鶏肉と野菜の炒め物に変更しちゃう?」
「そうですね、このまま悩んでいても――あっ!」
突如なにかに思い至ったらしいミミちゃんが、キッチンの引き出しを勢いよく開けた。
そこには、この場において救世主とも呼べる存在――カレールーの箱が!
「ミミちゃん!」
「ユニコちゃん!」
あたしたちは希望に満ちた笑顔を浮かべ、ガシッと力強い握手を交わす。
ジャガイモやニンジン、タマネギを炒め、鶏肉に火を通し、ルーの箱に記載された分量の水を入れてひと煮立ちさせ、ルーを溶き入れる。
しばらく煮込んだら、見た目と香りが大いに食欲をそそる、おいしそうなカレーの完成!
「みんな~っ、お待たせ!」
「すっごくおいしそうなカレーができましたっ」
『おいしそう!』
『飯テロだー!』
『お腹空いてきた』
『あれ? シチューは?』
『無事に完成してよかった』
『シチューは今度またリベンジしてもろて』
『配信終わったらカレーの材料買いに行ってくる』
シチューを作る配信を始めたら、カレーができた。
予定通りにはいかなかったけど、とってもおいしかったので問題なし!
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