第26話 久岡家
「やっぱでっけえな……」
高さのある壁と門があるにもかかわらず見える屋敷。
それだけ、大きな屋敷だということが分かる。
ダンジョン創成期から多くの探索者を輩出している名家というのは、伊達ではないということだろう。
「大丈夫かな……」
新年を迎え、もうすぐ冬休みも終わる時期。
幸隆は、緊張した面持ちで門の前に立つ。
呪いを解くために少しでもゲーム内で資金稼ぎをしたいところだが、解呪する前にやっておかなければならないことがあったため、彼は今この場にいる。
「フゥ~……」
目の前の立つ門に気圧されそうになる気持ちを落ち着かせるため、幸隆はひとまず深呼吸する。
「よしっ!」
深呼吸で心を落ち着かせた幸隆は、気合を入れるように一言呟くと、門に備え付けられているインターフォンに指を伸ばした。
「はい。どちらさまでしょうか?」
音が鳴ると、すぐに女性の声が返ってきた。
この家の夫人なのだろうか、声の感覚からしてやや年配に感じる。
しかし、幸隆はすぐにそう決めつけるべきではないと否定する。
これだけ大きい屋敷なのだから、もしかしたら家政婦を雇っている可能性があると思ったからだ。
「突然失礼します。あの……、私は河田というものですが、ご当主にお会いしたいのですが……」
考えもなく勢い任せに来ていたら、頭が真っ白になって何を言って良いかも分からなくなっていただろう。
しかし、こうなることは最初から想定していたため、幸隆は用意しておいた言葉を返した。
用意しておいたとは言っても、また緊張してきた幸隆は、若干たどたどしくなりながらインターフォン越しの相手へと話しかけた。
「はい?」
インターフォンに映るモニターを見て、向こう側からするとこの少年は何を言っているのかと思ったことだろう。
事実、幸隆の言葉を聞いた家政婦の女性は首を傾げていた。
今日客が来るという予定は聞いていなかったことから、この少年は何のアポイントもなく訪ねてきたことになる。
この国の人間なら、倉岡家と言えばある程度名の知れた一族だということは分かっているはず。
それなのに、いきなり当主に会いたいなんて本気で言っているのだろうか。
もしかしたらイタズラの可能性があるのではないかと、家政婦の女性は考えてしまう。
「ダンジョン48層、2の18とお伝えいただけますでしょうか?」
相手の女性の反応から、戸惑っているかもしれないということが感じ取れる。
何の面識もない高校生の自分が、こんな大きな屋敷を持つ名家の当主にアポイントも無しに面会を求めても、門前払いにされてもおかしくない。
しかし、幸隆には秘策があった。
その秘策となる言葉を、幸隆は間違えることなく伝えた。
「…………少々お待ちください」
幸隆の言葉に、相手の女性は少しの沈黙のあと返答してきた。
門前払いするか迷っている所に、幸隆が何か良く分からない言葉を発してきた。
そのことに戸惑いが増しているかのような反応だが、ひとまず先程幸隆が発した言葉を、当主に伝えてくれることにしてくれたようだ。
「大丈夫かな……?」
急に来た自分の事を、きっとさっきの女性は胡散臭いと思っているに違いない。
自分がその立場だったら、きっと同じことを思うことだろう。
この言葉が効くか効かないかだけが頼みの綱のため、幸隆は不安になりながらも結果を待つしかなかった。
“コン! コン! コン!”
「……はい!」
書斎で読書をしていた倉岡家当主の与一は、ノックの音に気付き、読んでいた本にしおりを挟んで入室の許可を出す。
「与一様……」
「んっ? どうした?」
今家にいるのは、妻か家政婦くらい。
どちらかと思っていると、ドアを開けたのは家政婦の方だった。
その家政婦の浮かない表情を見て、与一は何かあったのかと思わず問いかける。
「招かれざる客か?」
チャイムがなったことから、だれか客人でも来たのだろうか。
しかし、今日は面会の予定はなかったはず。
そのため、与一は問いを重ねた。
家ほどの名家ともなれば、時折おかしな輩も来たりする。
家政婦の表情から、先程のチャイムはそういった輩が来たのではないかと判断した。
倉岡家当主と言っても、65歳を過ぎた現在、自分は探索者を引退している。
年齢的に、肉体は全盛期より衰えていると言って、技術ならまだ息子の武彦に引けを取らない自信がある。
不逞の輩だとするならば、自分が追い払ってくれようと、与一は近くに置いておいた愛刀に視線を向けた。
「それが……、河田という高校生くらいの男性が、与一様にお会いしたいと来ているのです」
「河田……?」
不逞の輩かと思っていたら高校生と聞いて、与一は肩の力を抜く。
高校生だからと言って安心するのはまだ早いが、さすがに自分の命を危険に晒す程の脅威を与えるとは思えないためだ。
だからと言って油断するつもりはない。
家政婦から告げられた高校生の名前に、与一は自分に心当たりがないかを思案し始める。
「それと……、ダンジョン48層、2の18と伝えてくれと……」
考えてみるが、河田という名前に心当たりはない。
そのため、与一が首を傾げていると、家政婦は幸隆から告げられた良く分からない言葉を伝えた。
「ダンジョン48層……?」
伝えられた言葉を口に出しつつ、与一はその意味を考える。
しかし、聞き覚えない名前の高校生というだけでも謎だというのに、付け加えられた言葉を合わせても、謎は深まるばかりだ。
「っっっ!!」
少しの間思考を回転させていると、与一はひとりの人間が頭に浮かんできた。
そのことから、先程の意味が分からなかった言葉が何を意味するのかを思いだし、目を見開いた。
「分かった! 応接間に通してくれ!」
「か、畏まりました」
意味を思い出した与一は、少し慌てたように家政婦へと声をかける。
急な訪問客なんて、余程の理由がないと屋敷に通すことなど無い。
いつも冷静な与一にしては珍しい反応に、もしかしたらあの高校生は何か特別な人間なのだろうか。
そんな風に思考を巡らせながら、家政婦もつられるように慌てだした。
「……おぉっ!」
言われるがまま少しの間待っていた幸隆は、ゆっくりと目の前の門が開き始めたことに思わず声を漏らす。
これほどの大きな門が自動で開くようになっていることもそうだが、まさか本当に先程の言葉が通用すると思っていなかったため、驚きと戸惑いが混じった反応だ。
「どうぞ。まっすぐお進みください」
「はい……」
開いた門の中の風景をキョロキョロと眺めていた幸隆に対し、先程の女性からインターフォン越しに指示が来た。
門から玄関まで若干の距離があり、石畳がまっすぐ伸びている。
それだけ庭も広いのだろう。
これからそんな屋敷に、普通の高校生でしかない自分が入るのかと思うと、またも緊張してきた幸隆だった。
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