第9話 トイレ掃除
「公衆トイレの掃除……ですか?」
確認をするように、受付の女性に問いかける幸隆。
彼が現在いるのはゲーム内で、今日はいつも働いている料理店が休みのため、他の仕事を探しに冒険者ギルドの建物に来ているのだ。
冒険者ギルドとは、ゲーム攻略となる搭から得られる魔石を冒険者から買い取り、その魔石を職人や市民に販売している組織だ。
信用性から、ギルドから購入するのが確実なため、個人間での売買は少数と言って良い。
ギルドは冒険者から魔石を買い取るだけでなく、町中から色々な仕事を受け付けていて、その仕事をギルドの登録者に紹介する業務もおこなっている。
現実世界で言う、ハローワークのような場所だ。
「はい。使用頻度の高い場所とかは臭いもあったりして、受けてくれる方が少ないんですよね……」
「そう……ですか」
幸隆の質問に頷いた受付の女性は、料金が高い理由を説明した。
様々な理由により、場所によって使用頻度も異なる。
使用頻度が高ければ、それだけトイレが汚れるのは当たり前だ。
説明を受けた幸隆は、ただ返事をする事しかできなかった。
「でも、役所がやればいいのでは?」
情報を集めたところ、この世界は周囲を海に囲まれた島になっていて、搭を中心にした町が存在しているだけらしい。
島から離れた海には強力な魔物が存在しているため、外に他に島があるのか分からないそうだ。
この1つの町が国になっており、王族が存在している。
しかし、貴族というものは存在していないらしく、王に任命された者によって国が治められているらしい。
日本に似ているが、幸隆としては首相が国民の投票で選ばれるこちらの方が国民の関心が高くて良いのではないかと思える。
国は、搭を中心として東西南北のエリアに分けられていて、エリアごとに役所が存在している。
その役所によって、エリア民の行政事務がおこなわれている。
公衆トイレなのだから、役所が管理するのが普通なのではないかと思い、幸隆は問いかける。
「もちろん役所も清掃業者に依頼するのですが、3ヶ月に1回、エリア内全ての公衆トイレの清掃をおこなうといった感じで、個別の清掃を業者に頼むと余計な費用が掛かってしまうそうです。
その費用を少なくするために、依頼を出していると言ったところでしょうか……」
「なるほど……」
幸隆の問いに対し、受付の女性は役所の裏事情をぶっちゃけてくれた。
業者に頼む費用を抑えるために、冒険者にやってもらおうという考えらしい。
説明を受け、幸隆はなんとなく納得した。
「受けます!」
「……良いのですか?」
「はい!」
解呪のために資金が必要な幸隆は、仕事を選んでいられない。
はっきり言って理由なんてどうでもいい。
いつもの仕事よりも資金が得られるのなら、受けないわけにはいかない。
みんなやりたがらない、いわゆる塩漬け状態の依頼を受ける幸隆に、受付の女性も思わず聞き返した。
やると決めている幸隆は、その質問に間を開けることなく返事をした。
「……うわっ! マジか……」
幸隆がログアウトするための拠点は東エリアで、そのエリア内の公衆トイレを清掃することになった。
自分の意思で依頼を受けたとはいえ、幸隆はすぐに後悔する。
汚いと言っても、そこまでではないと思っていたのだが、その予想以上に便器が汚れていた。
この世界のトイレは水洗なのだが、詰まっているのか、使用して流されていない状態の便器まであるほどだ。
「……仕方ない。やるか……」
依頼主である役所から、清掃道具の一式は貸してもらえた。
その中からすっぽん(正式名称ラバーカップ)を取り出し、幸隆は顔を顰めながら便器の詰まりを直すことにした。
「ったく! 綺麗に使えよ!」
詰まりを治したら、ブラシでこすって綺麗にして行く。
ここまで汚くなるような使い方をしている誰とも分からない
相手に、幸隆は思わず文句を言ってしまった。
「ハァ~! 終わった!」
便器を清掃し終えたら、壁や床をモップや布巾で磨いて拭いて、このトイレの清掃は終了。
来た時と比べたら全く別物と言いたくなるほどピカピカになったトイレを見て、幸隆は大きく息を吐く。
「これだけやれば問題ないだろ」
公衆トイレの外も掃き掃除して綺麗にすると、幸隆は自分の仕事に納得するように頷く。
「次に行くか……」
東エリア内にある、汚れが目立つ公衆トイレの清掃をおこなうように言われている。
全部見て回るだけでも結構な時間が掛かるため、1つ終了した幸隆は早速次へと向かうことにした。
「それで? 昨日のうちに終わらせたのか?」
「はい……」
疲労の色の濃い顔をしている幸隆に、ゲーム内のバイト先の店主ダミアーノが問いかける。
東エリアにある公衆トイレ5つ。
結局、その全てがかなり汚れており、幸隆は清掃しなければならなくなった。
1つの市を移動するだけでも結構な疲労だというのに、清掃までおこない、朝から始めた作業が終わった時は日が暮れていた。
移動と清掃により、疲労が顔に出るのも仕方がない。
ダミアーノの問いに対し、幸隆は力なく返事をした。
「仕事はちゃんとしているから良いんだが、頑張り過ぎて倒れるなよ」
「はい。ありがとうございます」
ゲーム世界で1日1万千
ダミアーノには悪いが、体力的にきつくても順調に稼げているので、解呪するためにはこのまま続けるしかない。
とはいえ、心配してもらえるのはありがたいので、幸隆は感謝の言葉を返した。
「お前料理上手いんだから、冒険者なんかやめてずっとここで働けば良いんじゃないか?」
「えっ……?」
現実世界で探索者になるのと、このゲームの最終目標である搭の攻略が今の幸隆の目標になっている。
そのどちらを果たすためにも、とにもかくにも掛けられている呪いを解かないとならない。
しかし、よく考えたら戦闘に関する能力は成長しないが、それ以外の部分は成長している。
特に、料理のスキルはかなり高くなっており、現実世界の叔父の店でも、ゲーム世界のダミアーノの店でも、かなりの戦力として活躍している。
現実世界の探索者や、この世界の冒険者として魔物相手に戦うような危険なことをするのではなく、ダミアーノが言うように料理人になった方が安全・安定なのかもしれない。
そのため、幸隆はダミアーノへの返答に困る。
「……申し訳ないですが、まずは解呪してから考えます」
呪いのことはダミアーノに伝えてある。
そのことを知って、彼はそこまで忙しくなくても幸隆を働かせてくれている時がある。
幸隆にとっては、ゲーム世界において一番の理解者と言っていい。
彼に必要とされていると思えると、本当にこのままここで働くのもいいのではないかと思えてくる。
しかし、亡くなった両親は、自分が探索者になることを応援してくれていた。
そのことを考えると、まだ探索者になれる可能性があるのに料理人になるというのは、言葉にしにくいが何だか違う気がする。
そのため、幸隆はダミアーノの提案を申し訳なさそうに断った。
「そうか……」
ダミアーノは何割か本気の提案だったのだろう。
幸隆に断られてちょっと残念そうだ。
「まぁ、頭の隅にでも残しておいてくれや」
「はい……」
相当自分の料理の腕を買ってくれているのだろう。
断ったというのに、ダミアーノはまだ自分がこの店で働くことを期待してくれているらしい。
断って申し訳ないと思いと共に、幸隆は嬉しい気持ちでダミアーノへ返事をした。
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