第8話 計算

「……一体俺は何をしているんだ?」


 幸隆は思わず独り言を呟く。

 今更ながら、自分がおこなっていることを冷静に考えると、首を傾げたくなった。


「ユキ! 手が止まっているぞ!」


「ウ~ス……」


 指示を受けて気だるげに返事をした幸隆は、包丁で野菜を切ることを再開する。

 もうすでに、色々な野菜を篭一杯になるほど切っているというのに、まだあるというのだから、うんざりした気分になるのも仕方がない。


『くそっ! 現実でもゲームでも調理してばっかって……、俺は探索者を目指しているんじゃないのかよ!』


 幸隆は心の中で、愚痴をこぼす。

 先程指示出したのは、叔父の一樹ではない。

 ゲーム世界にある料理店の店主だ。

 現実世界で今まで全然成長が全く見込めなかったのは、何者かによって掛けられた呪いによるせいだと分かった。

 その呪いを解けば、交通事故に遭う前の能力に戻ることができ、探索者学校を退学しなくても済むはず。

 使いたくはないが、亡くなった両親の保険金を使えば資金面では問題ないが、自分の呪いを解呪できるだけの人間を見つけ出すまでどれだけの時間を必要とするか分からない。

 見つけた時には、もう新年度を迎えている可能性がある。

 探索者として生きていくとするならば、今の高校を辞めるのはかなりの遠回りになる。

 そうならないためにも、幸隆としては少しでも早く呪いを解きたい。

 そうなると、次に取れる選択はゲーム内で解呪するしかない。

 ゲーム内なら、教会に行けば神父によって解呪してもらうことができると分かっている。

 あとは、ゲーム内での通貨のドーラを集めればいいだけだ。

 その資金稼ぎのために、幸隆は今に至っている。


『叔父さんみたいに料理人にでもなろうかな?』


 探索者を目指しているはずの自分が、現実世界でも叔父の店で調理助手、ゲームの世界でも調理助手と、料理ばかりしている状況だ。

 これでは、料理人を目指した方が良いのではないかと思えてくる。


『現実世界にリンクしているのに、物を持ってこれないなんて……』


 ゲーム世界で呪いを解けば、退学しないで済むかもしれない。

 とは言っても、シスターに調べてもらった結果、解呪には300万ドーラもの資金を必要とすると分かった。

 そんな大金をどうやって集めろと言うのか。

 しかし、可能性があるのに何もしない訳にはいかない。

 ゲーム内の世界と現実世界はリンクしており、ここで死ねば現実でも死んでしまう。

 リンクしているのならば、ラノベなんかであるように現実世界の物をこっちの世界に持ってきて売り買いすれば、一気に大金を手に入れられると考えたが、その考えはすぐに否定される。

 というのも、ゲームの中に入ると、自分の服装が変わっているからだ。

 松山によって拠点となる場所に転移させられた時、よくあるRPGゲームの初期設定と言うべきような、鑑定したら布の服としか出ないような服装をしていた。

 武器すら与えられず、持ち物は身分証だけという状況だ。

 そのことで、再度ゲームにログインした場合、ログアウトした時の状態になるのだと理解させられた。

 現実の品を持ってきて売ることができないなら、リバーシなどの娯楽品を作り出して売ればとも考えたが、現実世界で広まっているボードゲームやカードゲームはすでに存在している。

 現実世界の品を持ってきての資金稼ぎは無理だと、諦めざるを得なかった。


『しかも、料理まで駄目とか勘弁してくれよ』


 叔父の店でバイトしていることもあって、料理は得意だ。

 そのため、物が駄目なら料理はどうかと考えた。

 しかし、その考えも駄目だった。

 少々クオリティーに差があると言っても、この世界には大抵の料理が存在している。

 つまり、料理まで駄目だった。


『こうなったら、ガムシャラに働くしかない!』


 物を持ってくることも、知識を利用しての資金稼ぎも駄目そう。

 そうなった幸隆が導き出したのは、この考えだ。

 現実世界とゲーム世界では時間の流れが違う。

 ならば、それを利用して稼ぐしかない。


「うちの学校の冬休みは12月24日~1月5日まで、つまりは13日間。12月23日の終業式と1月6日の始業式で授業はない。7日と8日は土日で9日は成人式だから休み。終業式と始業式の日を合わせて1日とすると17日間か……」


 退学を阻止するならば、冬休みを利用して授業開始までに呪いを解きたい。

 幸隆は、ざっとゲームに使用できる日数を計算した。

 そうして導き出したのは、17日間という答えだ。


「バイトを休みたいところだけど……無理だな」


 ゲーム世界で金を稼ぐことにその17日間全てをつぎ込みたいところだが、現実世界で叔父の店を手伝うことが決まっている。

 年末年始は結構忙しい上に、今から出は自分の代わりにバイトに入ってくれそうな人はいない。

 両親が亡くなってから、叔父は自分を引き取ることを提案してくれた。

 しかし、両親との思い出のある今の家を手放したくないと我が儘を言い、その提案を断った。

 高校生の一人暮らしを渋々ながら受け入れてくれた上に、困った時はいつでも自分を頼るように言ってくれている。

 両親の保険金を使いたくないからバイトすると言った時も、わざわざ探すくらいなら自分の所で働くように言ってくれた。

 テスト期間などは融通を聞かせてくれるため、とても助かっている。

 それもあって、急にバイトを休んで迷惑をかけるようなことはしたくないため、その時間も計算しないといけない。


「6時間が12日で72時間か……」


 叔父の店は12月29日から1月3日までが休みで、それ以外の日に6時間バイトに入る予定を立てている。

 最低72時間は、現実世界でバイトしないといけないということだ。


「17日は408時間、その内72時間が削られて336時間。それをゲーム世界の時間に直すと6720時間、日数にして280日、1日約1万千円か……」


 家から叔父の店までの往復と食事・睡眠・休憩時間を抜いて計算したとして、ゲーム世界内で1日1万千円稼げば、現実世界の授業開始に前に解呪できることになる。


「きついな……」


 現実世界とゲーム世界を行き来することを始め、現実世界の元日。

 いつもなら近くの神社に初詣に行っているが、今年はそれをしている時間も惜しい。

 23日に先程の計算をして、幸隆はすぐにゲーム内でバイトを始めた。

 正確に計算すれば、もっと短い時間しか働くことはできない。

 何にしても、現実でもゲーム内でもバイトをし続けなければならないと考えると、料理は好きだからと言ってもきついものがある。


「ユキ! サラダ4つだ!」


「う~す」


 ゲーム世界のバイト先となっている店主が、幸隆に指示を出す。

 調理技術があると分かり、店主はすぐに幸隆をサラダ担当を任せることにした。

 忙しい時は、パスタのソース作りまで任されるほどだ。


「ハイよ!」


「おぉ、速いな……」


 指示を受けた幸隆は、手早く自分が切った野菜を盛りつける。

 そして、完成したサラダを、配膳台へと並べる。

 指示を出してから完成するまでの速さに、店主は感心したように声を上げた。


「良いバイトが入ったもんだぜ!」

 

「……どうもっす」


 独り暮らしを始めてから気付いたことだが、幸隆は料理をする事が好きだ。

 叔父から教わって多少の自信がついているだけに、幸隆は店主の褒め言葉に照れくさそうに返答した。


『本当に料理人になろうかな……』


 探索者としての戦闘能力は上がらないのに、どんどん調理技術は上がっていく。

 こうなってくると、探索者になるより本当に料理人になった方が良いのではないかと思えてきた幸隆だった。


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