第40話
翌日、ユウジはいつもの変わらない金曜日を迎え、朝の準備を終えて登校する。
昨日は生活指導の教師達から部屋を検分されたことで、長野達からは何事かと心配されたユウジだったが、レイ達の靴を盗んだ疑いだけでなく、彼女を個室に連れ込んだと本田達に誤解された、と言い訳することで誤魔化していた。杜ノ宮学園では男女交際を禁止していないが、個室に異性を招くことは厳禁なのだ。
「おはよう。結局、誤解だったみたいね。人騒がせなことだけど・・・良かったね」
しばらくして、レイと一緒に教室に入ってきた川島はユウジの姿を見つけると、珍しく彼女の方から挨拶を告げる。検分の現場を見ていた川島だが、何のお咎めも無く普段通りに登校しているユウジの姿と、レイから説明を受けたらしく簡単ではあるが慰めてくれた。ここ数日、特に昨日は色々あったが、川島はユウジを親友の彼氏ではなく、普通の友人と認めてくれたようである。
その川島の横にいるレイは軽く手を振りながらユウジに向ってウインクをする。おそらくは今朝がた送られた学園側からのメッセージについて示唆しているのだろう。ユウジは放課後に校長室へ出頭するよう要請されていたが、同じ内容がレイにも届いているに違いなかった。川島がいるので、それとなく合図を寄越したのだ。それにユウジは軽く頷くと、後は平静を装いながら授業の開始を待った。
「本田先生から報告を受けた時はとても驚いたが、君達の協力で学園に起きた不祥事がいち早く解決出来たようですね。まずは、校長として感謝致します」
放課後、レイと一緒に校長室に出頭したユウジは応接ソファーに着席を促されると、早々に校長から感謝の意を伝えられた。室内にいるのはユウジとレイに、校長とその隣に座る本田の四人である。横山と安中はいないので、この二人にはユウジ達とは別に面談や説明が行なわれるのだろう。これまでの経緯からユウジ達はセットでカウントされたようだ。
杜ノ宮学園の校長は初老の男性で、髪は耳の上に僅かに残っているだけで頭部の八割は肌が剥き出しになっている。もっとも、鼻の下に蓄えた髭は色濃く綺麗に整えられており、肌の色艶も良いため、精力さと威厳を兼ね備えていた。
校長室に入るのも、こうして校長と間近に接するのもユウジにとっては始めてのことだが、派手さはないものの重厚な家具で揃えられた室内と、生徒相手にも素直に謝意を伝える校長の器の大きさは、さすが杜ノ宮学園の長とその部屋だと認める他なかった。
「いえ、私達は自分の靴を取り戻したかっただけですから」
「そうですか・・・それでも私の感謝の気持ちは変わりません。もっとも・・・これは私の個人的な気持ちであって、校長の立場からすれば、あなた達の行動については諌めなくてはなりません!」
物怖じを感じさせないレイの返答に対しても校長は改めてお礼を伝えるが、ここで言葉を切ると口調を変える。
「我々、学園幹部が生徒達に与える悪影響を考慮して内密にしていたデータの漏えい事件に、あなた達が気付いてしまったのは仕方ありません。ですが、それに対して積極的に関与して犯人を特定しようとした行動は軽率でありませんか? 結果的には及川先生が、そのような不正行為を行なっていたわけですが、もしかしたら真相に近付いたあなた達に直接的な危害を与える可能性もあったのです! あなた達ならそれを考慮出来たはずでしょう?」
「ええ、ご指摘の通りもちろん考慮していました。ですが、私達の立場では学園側の誰に頼って良いかわからなかったのです。・・・今だから杞憂とも思えますが、私達からすれば校長先生、あなたさえも容疑者の一人だったのですから」
校長の問いにレイに悠然と答える。これは紛れもない事実ではあったが、一方で詭弁でもあった。彼女を知るユウジからすれば、例え校長が白だと知っていたとしても、レイは独自の捜査を続けたはずだと断言出来る。全財産どころか魂を賭けて良いぐらいだ。
「わ、私も容疑者・・・いや、明確に否定する材料がなければ、確かにそう判断するしかない・・・」
「はい。とは言え私達が軽率だったのは認めます。ご指摘の通り、及川先生がもっと暴力的な手段に出る可能性もあったのですから・・・それで及川先生はどうなったのですか?」
自分さえも疑われていたことに校長は動揺を示すが、すかさずレイは反省の素振りを見せると及川について言及する。
「君達を招いたのはその説明をするためでもある」
レイが自分のペースを作りつつあることを見抜いたのか、それまで黙っていた本田が釘を刺すように告げる。
「はい」
本田、正確には学園側が及川の処遇と後始末の顛末を語るつもりがあることが判明したことで、レイは素直に頷く。
「では、よろしいですね?」
「ええ、説明して上げなさい」
最後の確認とばかりに校長の意志を確認した本田は、及川の自供と事件に対する学園の対応についてユウジ達に語り始めるのだった。
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