第39話
「・・・」
「もし私なら・・・まずはその生徒を特定し、何らかの手段を使って証言させないようにします。具体的には現場を離れたと思わせて後を尾行し、どの寮に所属しているか突き止め、特定した後は・・・」
レイの質問に無言でいる及川の代わりに横山が答える。さすがに生徒の前なので最後までは口にしなかったが、その結論は以前にレイが導き出した推測と一致している。
「そうです。補足すると、朝の早い内から教師が寮に現れては目立過ぎますから、中に入って確認するにはリスクがあります。ですが、その日は雨で足跡が残っていました。そこから足のサイズは知れますし、教師なら四月の身体測定の情報を簡単に知ることが出来ます。そのために靴の盗難事件が起こったのです」
「なるほど、二つの事件が関連する可能性があるのはわかった。・・・しかし、目撃者を特定するだけなら靴を盗む必要はないだろう。端末のカメラで靴底の特徴を撮影するだけで良い」
「はい。秘密裏にことを行なうつもりなら、むしろ盗む必要はありません。ですが、犯人には目撃者を特定するだけでなく、その信用を失わせる必要もあったんです。盗まれたとして紛失届を出した靴が生徒本人の部屋から見つかったら、どうなります? おそらく自作自演、ミュンヒハウゼン症候群の疑いが掛けられるのではないでしょうか?! 犯人からすれば一石二鳥の手段だったのですよ。実際、ユウジは目撃者ではありませんが、事件の真相に近づいたことで、その信用を落とされようとしたのですから。彼のランドリー袋に盗んだ靴を仕組んだのも及川先生に違いありません!」
「そうか・・・それで・・・彼女は急に彼を・・・」
レイからの説明を聞かされた本田は何か思うところがあったのか、身体を傾けて隣に座る及川を眺める。その口ぶりからすると、先程の部屋の検査は及川が提案したらしい。
「そ、それらは、あくまでも推測の域を出ないわ! 仮に一部が事実だったとしても、私が犯人であると結び付けるのは飛躍し過ぎています! 根拠のない、濡れ衣よ!」
これまで味方だと思われた本田まで態度を変え始めたことで、及川は改めて声高に否定する。
「ふふ、見苦しいですね。大声で騒いだとしても、既に起った事実は変えられませんよ。及川先生も、もう良い歳なのですから、観念したらどうです? そんなことだから婚期を逃がしているのですよ!」
「な、なんですって!!」
「あ、麻峰!」
「そ、それは・・・いくらなんでも!」
繰り返させる及川のヒステリックな反応に嫌気が差したのか、レイは鼻で笑うように非難する。確かに及川は教員の中で若手なのであって、客観的に若いとは言い切れない年齢だと思われたが、それはユウジでさえも同情するほど酷い独身女性への中傷である。そのため彼女は一見してわかるほど顔を真っ赤に染め、本田と横山が慌ててレイを窘める。
「ふふふ、及川先生の器量では逆にオブラートに包む方が可哀相なのでは? 事実は変えることは出来ません!正式に鑑定をすれば、盗まれた私達の靴からも犯人の指紋が見つかることでしょう! それで決着が付くはずですよ!」
「全てを見通しているつもりなのね、小賢しい! 私がそんなミスをするわけがない! 私はきちんと手袋をして証拠を・・・」
レイの更なる心無い台詞と態度に及川は反論を行なうが、その推測を否定するために出した言葉の意味を途中で知ると息を飲んだ。
「きちんと手袋をつけて証拠は残さなかったのですね?」
それまでの人を小馬鹿にしたような笑みを消すと、レイは礼儀正しく及川に問い掛ける。その様子から先程までの個人的な中傷は、この自白を引き出すための挑発であったことが判明する。
「いや、それは・・・」
否定しようとする及川だが、気持ちとは裏腹に頭では手遅れであることを理解しているためか、上手く言葉が出ないようだ。
「なんてことだ・・・では、漏えい事件もあなたが?! まさかとは思っていたが、生活指導部の教員が犯人なら、そう簡単に証拠が見つからないわけだ!」
「・・・」
「動機は? どこに盗んだデータを渡したのだ?!」
レイが誘いだした自白から、及川が真犯人だと察した本田は激しく非難し、その動機と盗んだデータの漏えい先を問い詰める。彼からすれば最も身近な同僚に裏切られたわけであるし、学園の秩序を率先して守るべき生活指導部の教員が犯した許されない行為だった。
「本田先生! 生徒達もいますし、まずはセキュリティを呼ぶべきでは?」
「確かに・・・詳しいことは教頭先生やセキュリティの大沢さんを呼んでからにしましょう・・・」
横山の言葉で状況を再確認した本田は端末を取り出すと、管理部と思われる相手に電話を繋げる。大沢なる人物の詳細は不明だが、おそらくはセキュリティ部門の責任者だろう。
ユウジとしてはこのまま本田に及川が犯行に至った動機とデータの流出先を追及して欲しかったのだが、レイの挑発による自白があまりにも見事だったためか、及川は茫然自失となっている。詳しい尋問は時間が掛かると思われた。
しばらくして年配の警備服を着た男性と教頭が生活指導室にやって来ると、入れ替わりにユウジ達生徒と横山が外に出される。既に時刻が午後八時を過ぎていたこともあり、今日のところはこれで退散せよとのことらしい。
「・・・とりあえず、食べ損ねた食事にでも行きましょうか?」
蚊帳の外にされたのは一般教員の横山も一緒であり、彼女はユウジ達三人を夕飯に誘う。
「そうですね。・・・学食はもう閉まっていますし、横山先生と安中さんからすれば、もっと私達に聞きたいことがあるでしょう」
「本当・・・まさか及川先生が・・・」
「ええ、そうです! なんか、先輩を助けるために証言してくれって頼まれて付いて来たら・・・凄いことになっちゃって・・・」
レイの言葉に横山と安中が同意を示す。当然の如く箝口令は敷かれていたが、既にこの二人は関係者であり、詳しく知る権利があると思われた。おそらく、現在の展開に一番驚いているのは彼女達に違いない。横山は、親しかった同僚の犯罪行為を知った驚き、安中は自分が知らない内に危険な立場に立たされていた衝撃だ。
「ユウジもそれで良いだろう?」
「もちろん」
「じゃ、移動しましょう! お金は私が出すから好きなのを食べてね」
ユウジが賛成を示すと、横山はそれまでの悩み顔を一蹴し、大人らしい余裕を見せて商業部に向かって歩き出した。
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