第41話
ユウジは木洩れ日の下、その隙間から見える青い空を眺めていた。陽の光りは未だ夏の残滓を感じさせたが、空気は乾燥しており、やがて訪れる本格的な秋の気配を漂わせている。おそらく今が日本で最も快適な季節だろう。
「なかなか情緒的な光景だね。来てよかった。・・・もしかして詩の一つでも浮かんだのかな?」
ベンチの隣に座るレイがユウジと同じように顔を上げながら問い掛ける。
「いや、ただ綺麗だなって。むしろ、レイが作った詩を聞かせてほしいな」
「私も良い景色だとは思ったが、詩を作るほどのロマンチストではないよ」
「だろうね。ははは」
「ふふふ」
レイの返答にユウジは声を上げて笑い、彼女もそれに合わせる。見た目こそ可憐な美少女だが、レイはその手のことにはあまり興味がない。彼女の好奇心はもっと実質的な探究に使われるからだ。
校長と本田から事件の顛末を聞かされたユウジ達は二日後の日曜日、外出許可を申請して学園外の自然公園に足を運んでいた。最寄り駅から乗り換えを必要としていたが、この公園もかつては東京郊外に位置する米軍跡地だった経緯があり、杜ノ宮学園の生徒からすれば身近なデートスポットなのだ。
もちろん、ユウジ達がこの公園にやって来たのは単純なデートが目的ではない。学校を離れた場所で誰にも気兼ねすることなく事件について話し合うためである。人の通りから離れたベンチを選んだのもそのためだ。
ユウジとしては、レイが自分を異性としてではなく相棒として接していることを理解していたが、それでも彼女と一緒に早秋の気配を堪能する役得を味わいたかった。そしてレイの方もそれくらいは付き合ってくれたのである。
「結局、事件は公にされず、闇に葬られることになったね」
「ああ、私としては靴を取り戻せたから目的は達成したが、この学園の隠蔽体質はどうしようもないな。まあ、公開したところで学園関係者の中に得をする者はいないし、妥当な選択ではあるか」
「でも、本当の黒幕は知りたいよ!」
いつまでもレイに甘えているわけにはいかないのと、ユウジ自身も彼女の見解を詳しく聞きたかったこともあり、頃合いと見て事件に対して口火を切る。
校長室で本田達から聞かされた学園の方針は一貫して内密に処理することだった。実行犯である及川は学園側から徹底な事情聴取を受けたと思われるが、データ漏えいに関して警察、文部科学省等への報告や告訴はせず、持病による自主退職と言う形で決着が成された。
レイの指摘通り、これを公にしたところで警察の立ち入り調査が入り、マスコミに騒がれるだけである。プライバシーに関するデータが盗まれたことで、更にプライバシーが犯される矛盾が発生する。不条理と言えた。
及川の動機については、彼女の実家が経営する工務店の経営が悪化しており、その補填をするために纏まった金が必要であったらしい。
では、誰が及川に学園のデータを盗むように依頼したのかだが、これについては及川自身さえ、前金を提示されたことで学園を裏切る決意を固めたものの、純粋に金目当てだったため相手の素性は知らないとのことだった。
学園が生徒であるユウジ達に隠している場合もあるが、黒幕としては実行犯が捕まる可能性もある、むしろ実際捕まったわけで、使い捨て前提で雇ったと考えれば筋が通る話ではあった。
「うむ・・・それを推測するには、まずこの学園のことを更に深く知る必要があるぞ。前にも話したが、私を含めてこの学園には特待生が各学年に五人前後いる。いずれもIQ150以上で身体共に優秀な生徒達だ。いくら学費等免除等の条件で集めたにしても、毎年のようにこれだけの人数を見つけるのは難しいと思わないか?」
ユウジの言葉に触発されたレイが以前にも告げた学園の謎について持論を展開する。あの時は謎の存在を提示するのみだったが、その口ぶりからすると既に謎の正体を看破しているようだ。
「ああ、それで俺もわかる範囲で調べてみたんだけど、特待生には共通点があって、彼らの両親はいずれかが公務員もしくは政府関係者だった」
「ふふふ、その辺りはさすがユウジだ、抜かりないな。そう。実は私の母も外務省の役人だ。ノンキャリアだけど海外に赴任することもあるから、特待生を提示されたこともあり、この学園に入れられたよ。私も日本に居たかったからね。まあ、それだけなら偶然と言えなくもないのだが、私達が生れた時期が少々特殊だ。ユウジ、君も同世代なんだからわかるだろう?」
「ああ、俺達が生れた時期は東アジア再編戦争の真っ最中だ。今だから日本側が事実上勝利した戦いと言えるが、当時は大陸勢力に押されて苦しかった頃だ」
「そう、日本は大陸側の人海戦術に押されて、一時は南洋の一部を占領されるくらい追い詰められていた時だ。そんな時期に政府は数で迫る敵にどう対応しようとするだろう? これからも戦いが長引くとなると、質でカバーしようとするのではないか? 質とはすなわち人的資源のことだ。少し話は飛ぶが、不妊で悩む夫婦はそれほど多くはないが常にいる。私の両親もそうだったらしい。・・・もし、不妊で悩む夫婦が最新の治療システムを打診されたらどうすると思う?」
「そ、それは・・・つまりレイが・・・」
レイがユウジに質問を浴びせる形で話を進めるのはいつものことだが、三つの事実、レイ達が最も日本が追い詰められていた時期に出生した事実、両親が不妊治療を受けていた事実、そしてレイが類稀な才能を持っている事実からある一つの推測を思い起こさせた。
「うん、私は不妊治療という名の下で行われた人為的な遺伝子操作で生まれた可能性が高いんだ。おそらくは政府関係者のみに打診されたのだろう。ほぼ人体実験だからな。ふふふ・・・そしてこの学園には私のような特待生が他にも存在している。さすがに彼らの両親が最新の不妊治療とやらを受けたという証拠はないが、全員が政府関係者であることを考慮すると、私の両親と同じ選択をしたのだと思う。そしてこの学園は・・・」
そこで一旦話を切るとレイはユウジの眼を見つめる。内容を把握しているか確かめるつもりなのだろう。
「そしてこの学園は・・・レイ達を・・・」
「気を使わなくてはっきり言っていいぞ、ユウジ。私は気にしないから」
理解していることを証明するためにユウジは代弁しようとするが、内容が内容だけに言葉を躊躇する。
「・・・わかった。この学園は遺伝子操作で優秀に造られたレイ達、実験体の成長を観察、あるいは監視するために創設された!・・・それがこの学園の謎だ!」
「そうだ。この学園の設立時期から見て、そう判断するのが妥当だ。もちろん、私達だけを集めたら相当に目立つから、表向きには最新設備を備えた寄宿生の中高一貫校とし、一般の生徒も受け入れたんだ。そしてそんな秘密を持つ学園にちょっかいを掛けるのはどこのどいつだろうね?」
わかってはいたが、レイは本当に自分の特殊な出生さえも事実と割り切って受け入れているようだ。涼しい顔をしながら黒幕への結論をユウジに託した。
「・・・もちろん、そんな経緯のある学園なら、かつて日本と敵対した大陸勢力が怪しいね。南の沿岸部は親アメリカ国として独立したが、内陸部と北部は旧体制のまま反米政権が支配している。彼らからすれば日本は太平洋への道を守るアメリカの門番のような存在だろう。色々とちょっかいを出して来ても不思議じゃない」
レイから学園の謎の正体を告げられ、御膳立てを整えられたユウジは、最も可能性が高い推測を口にする
「ああ、同盟国であるアメリカも完全には信用出来ないが、仮に学園を探るにしても、もう少しスマートにするだろう。アメリカなら、もっと合法的な手段を取るはずだ・・・ユウジ、君を送り込んだようにね!」
ユウジの意見に補足を行なうレイだったが、最後は断定するように彼に告げた。
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