第31話

 その後、レイは本田と及川にこれまでの経緯を説明する。まずは自分の靴が盗まれ、それを取り返すために捜査を開始し、その過程で更に学園の漏えい事件の存在を感じ取ったこと、更にこの二つの事件には関連性があると睨んでいること等である。

「でも、それはどうかしら? 残念なことだけど、魅力的な女子生徒の私物が紛失するのは、この学園に限らず珍しいことではないの。そうですよね、本田先生?」

「ええ、・・・確かに私が以前赴任していた別の学校でもそのような事件は年に数回は起っていたと思います」

 レイから一通りの説明を受けた及川だが、二つの事件の関連性については否定的な意見を示し、同僚である本田に同意を求め、彼もそれに応じる。

「そうですか・・・私達は関連性があると思っていたのですが・・・」

「ええ、被害者である、あなたからすれば疑いたくなるのも仕方がないことだけど、偶然だと思うわ」

 二人の教師から自分達の推測を否定されたレイは弱気に答えるが、ユウジはそれを彼女の演技だと見抜いていた。何しろレイの説明は虚実で彩色はしていないものの、被害者達に共通する身体的特徴などの重要な証拠は省かれていたのである。情報提供を承諾したレイではあるが、全てを晒す気はないのだろう。この不十分な情報とレイ自身が男子の関心を浴びるような美少女なことから、及川は偶然と判断したようだった。


「では、ここ数日間で不審な動きを見せた生徒がいなかったか教えて頂けますか?」

「・・・残念だけど、さすがにあなた達が自力で見つけ出した以上のことを、私達から教えることは出来ないわ」

「これは学園の運営を任されている生活指導教員による聴取であって、交渉の席ではない! 君は立場を理解しているのか!」

 今度はこちらの番とばかりに情報交換を持ち掛けたレイだったが、本田だけでなく及川もそれを拒絶する。

「それは・・・失礼しました。申し訳ありません」

「うむ。立場を理解したようだな。今後は漏えい事件のことは学園側に任せて、普段通りの学園生活を送るように! もちろん、他生徒には口外無用だ。これは指導命令であって要請ではない。破れば学園秩序を乱したと見做して処分の対象となる。それを忘れないように!」

 レイが非を認め謝罪を口にしたことで本田は勢いを取り戻すと、学園側の最終的な見解を告げる。

「わかったな!!」

「「・・・わかりました」」

 最後のダメ押しとばかりに、本田はユウジとレイに返事を迫り、二人は立場的に了承を口にするのだった。


「・・・思っていたほど情報を引っ張れなかったな」

 生活指導教室から解放された後、しばらくは控えめな様子で歩いていたレイだったが、一階の昇降口に辿り着くといつもの調子でユウジへ告げる。二人はとりあえず、人目を気にすることのない校舎外を目指している。

「しかし、学園側に俺達の動きがばれてしまった。というか、レイはそれを前提に昨日の外出をしたんだ?」

「ああ、いずれにせよ学園側が釘を刺してくるのは時間の問題だったしな。それなら早目に接触した方が良いと思ってね。それをするのは担任の横山先生か二年の生活指導のあの二人だと思っていたし、この三人はいずれもアリバイのない容疑者に含まれている。直接話をするには良い機会だ。ユウジならそれくらいわかってくれていただろう?」

「まあね・・・と言いたいところだけど、実は寝耳に水だったよ! さっきはレイに合わせて、なんとかそれっぽい態度でいたけどね」

 レイの過大評価にユウジは正直に打ち明ける。高く評価をしてくれるのは嬉しいが、下手に買いかぶられると後々に影響が出るからである。

「ありゃ・・・自信のある顔つきで私のやりとりを見守ってくれていたから、てっきり把握していると思ったよ。まあ、最初は強気で行きたかったから、アドリブでも合わせてくれたのは流石だ」

 ユウジの返答にレイは意外そうな顔を見せるが、直ぐに笑みを浮かべる。彼女は悪戯を仕掛けることはあるが、自分の能力に奢って他者を見下すようなことはしないのだ。


「そういえば、靴じ・・・靴のことに関してはかなり省いて説明していたね?」

 靴を履き換えて校舎の外に出ようとしたところで、前から来た他生徒とすれ違ったので、ユウジは事件という不穏な言葉を飲み込む。ちなみにレイは事件から運動靴で過ごしていた。

「もちろんだ。あの二人の名前は私達が絞ったリストにも入っているし、手の内は見せられない。それとワザと穴のある推測で彼らの自尊心を擽って口を軽くしようと狙っていたんだ。まあ、成功しなかったが・・・」

「ああ、それは俺にもわかったよ。あの辺りで急に弱気になっていたからね。上手い緩急のつけ方だったと思う。完全には通じなかったけど・・・少なくてもこの事件を把握している学園関係者の名前は引き出せた!」

 校舎を出た二人は学園敷地内に設置されたベンチの一つに腰を下ろす。ここなら、衆目を気にすることなく事件について語ることが出来るだろう。ユウジはレイを労わりつつも核心に迫った。

「ああ、やはり一部の幹部と重要職にある者達だけだったな。先程の手応えからすると学園側は二つの事件の関連性に気付いていないようだから、私達が靴事件のアリバイから絞った容疑者リストにはまだ辿り着いていないだろう。そのリストにある、校長、高等部の教頭、一年担当の学年主任、先程の二人、合わせて5人がこのリストに載っている」

「もしかして・・・かなりヤバイ?」

 今更ながらユウジは状況の深刻さを改めてレイに問い掛けた。

「もしかしなくとも相当にヤバイな。何しろ調べるはずのメンバーの中に容疑者の約半分が含まれているからな!」

「だよね。・・・俺達が調べた容疑者リストについて、詳しく学園側に説明した方が良いんじゃないか?!」

「誰に告げる? まさかと思うが、現時点では校長さえもグレーだ。下手に動くと証拠を握りつぶされるかもしれない。私が先程、靴事件について曖昧に伝えたのもそのためだ。決定的な証拠と味方と成り得る人物を見極めるまでは学園側に教えないが良いだろう」

「なるほど・・・下手に警告して犯人に知れたら証拠隠滅を図るな」

 レイの答えにユウジは頷く。私立学校の校長ともあれば、それなりの地位と待遇を得ているはずなので危ない橋を、特に初老に近い年齢の男性がこっそり女子生徒の靴を盗むなどとは思えなかったが、現時点では否定する材料はない。最悪の事態に備える必要があった。


「そして、その決定的な証拠についてだが・・・」

「もちろん、二つの事件の接点だろ? これを解明すれば犯人はもちろんその動機も見えてくるんじゃないか?」

「ふふふ、その通りだ!」

 レイの台詞を奪う様にユウジは先に告げる。いつも悪戯されているのである。たまにはやり返したくなったのだ。

「ところで、俺達はもう事件に関わるなと釘を刺されていたよね?」

「ああ、漏えい事件に関してはね。でも靴の盗難は別だ。そもそも私は被害者であり、自分の靴を取り戻したいだけだ。それに対しては学園側も文句はつけられないさ!」

「ふふふ。レイなら、そう言うと思った!」

「ああ。とりあえず、これから後回していたことを調べよう!」

 相棒への確認を取ったユウジだが、レイは笑顔を浮かべながら思い描いていたとおりの返事を行なう。二人は生活指導部の圧力には屈せずに捜査の続行を選択した。

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