第32話

 靴の盗難事件と学園のデータ漏えい事件、この二つの接点を突きとめることが犯人に至る鍵であると確認し合ったユウジとレイだったが、今現在は学園を取り囲む外壁に沿って造られたマラソンコースを歩いていた。

 二人の目的が被害者であるレイの靴を取り返すためだとしても、先程学園側から圧力を掛けられたばかりである。さすがに、捜査の断念を約束したそばから、校内で目立つ聞き込みを続けるのは気が引ける。そこでレイが実際に歩いて確認したいと提案したマラソンコースを回っているのだ。

「一周どれくらいあるんだっけ?」

 壁側を右手に反時計回りでマラソンコースを歩きながらユウジはレイに問い掛ける。一カ月前に転入して来た彼よりも、中等部から杜の宮学園で生活している彼女の方が学園設備に詳しいのである。

「約三㎞だったかな。一月のマラソン大会では、高校男子は三周、女子は二周を走らせられるぞ」

「ああ、だから充分な幅があるんだ」

 レイの説明にユウジは納得を示す。マラソンコースは未舗装の部分もあるが、その幅を五m程確保されており大人数で走ることを想定されていた。もっとも、かつて陸上部に所属していた彼からすれば、九㎞程の持久走はそれほどの苦行ではない。レイとは違いマラソン大会への嫌悪感は無かった。


「まあ、運動部なら普段から使うだろうし、今の私達のように散歩コースの役割もある。だからそれなりに金と手間を掛けているんだろうな」

「なるほど」

 更なるレイの解説にユウジは左手側に広がる花壇と、更にその先のコースに隣接された池に視線を送る。右手側は無骨な高い壁が聳えているが、コースの内側は歩む者の目を楽しませるちょっとした工夫が随所に施されている。春や今頃の穏やかな季節ならば、散歩は丁度良い息抜きになると思われた。

「さて・・・ユウジ、君なら私がこの散歩に誘った理由がわかると思うのだが、どうかな?」

 前置きは終わったと見たのか、レイは思わせぶりな笑顔を浮かべながらユウジに問い掛ける。花壇には色とりどりのコスモスの花が咲き乱れており、なかなかの景観を見せてはいるが、これを見せるために彼女がユウジをマラソンコースに連れて来たのではないのは明白だった。

「・・・犯人が盗んだデータを外に持ち出した場所を特定するためだろう? ネット回線を通じて電子的に送るのは足が付くし、正門からはチェックが厳しい。そうなるとこの壁を超えるしかない。人間が越えるにはかなり厳しいけど、丸めた紙なんかにデータが入ったメモリーカードを詰めて投げ出せば、わりと簡単だ。そもそもデータを容れるメモリーカードもそれで受け取ったのかもしれない」

「うん、そのとおり! まあ、頭がミジンコでもない限り気付くことなんだけどね。前から気にはなってはいたんだが、それ以外に調べることがあったし、本気で調べるとなると内外でそれぞれ二周する必要があるからね。後回しにしていたんだ」

 ユウジの解答にレイは合格とばかりに頷く。もちろん、彼女の指摘どおり少し考えれば推測出来る方法である。人間が高さ3mの壁を超えるには大掛かりな道具が必要だが、小さな物を投げ出すだけなら、そこまで難しくはない。


「と言っても、そう簡単に場所を特定出来るかな? この壁が三キロもあるんだろう?」

「確かに大変だな。だが、要点に注意すれば候補地点は限られるはずだよ。外に投げ出す場合には受取人が必要だし。まあ、一人でも不可能ではないが、投げ出してから外に出て回収となると紛失する可能性がある。バックアップを取っていたとしても色々とリスクが高すぎる。外部の協力者を使うのが合理的だ。それを加味すると受け渡し地点は、外側が通りに面していて、内側は目撃を避けるために人気の無い場所となる。ざっと見ても、そんな箇所は体育館裏とテニスコート脇の雑木林くらいだ。一応、コース全体を見て回るつもりだが、この二カ所でそれらしい場所を特定出来ると思う」

 発想自体は難しくはないが、実際にやるとなると大変な手間が掛かる捜査だったが、既にレイはいくつかの当たりを付けているらしい。

「おお、じゃあまずは内側でその辺りで怪しいポイント・・・つまり外に投げ出して回収しやすい地点の見当つけて、今度は外側からもチェックするってこと?」

「そうだ。察しがいいぞ。出来れば外に取り付けられた防犯カメラの映像も調べたいが、それに映っていたとしたら学園側も既に犯人を特定しているだろうし。証拠はないのかもしれないな」

「え?! それじゃ予想だけで、確実な地点の断定は出来ないんじゃ?」

「その通りだが、私は犯人達が念入りに調べてカメラの盲点を探し当てたのではないと睨んでいる。証拠を残さずにデータを外に持ち出せる算段があったからこそ、犯行を決行したのだと!」

 不安要素を口にするユウジだったが、レイは持論を展開する。

「なるほど。じゃ、暗くなる前に調べ終えるため頑張ろう!」

 レイの自信に満ちた回答にユウジはそれまでの質問調を改めて、積極的な態度を表わした。ユウジとしては代替案もないしレイが自信を持って断言するのであれば、それを信じるのが相棒だからである。

「うむ!」

 そしてレイも満更でない笑顔で頷くのだった。

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