第30話

 生活指導室は本校舎二階にある職員室の隣に存在していた。大きさは通常の教室の半分ほどで、廊下側に窓はなく完全な防音使用となっている。これは部屋の特性上、中に居る人間のプライバシーを保護するためである。ここは学園のルールを破った生徒に特別な指導を与える部屋なのだ。

 そんな、生徒からすれば近寄りたくもない場所にユウジとレイは呼ばれて、今は部屋中央に設置された四人掛けのテーブルの片側に座っている。

 二人の前には第二学年の生活指導を担当する本田と及川が並んで身構えていた。実はこの二人、ユウジ達が導き出した犯行時にアリバイのない12人の容疑者リストに含まれている。

 昨日の警備員の話にも出て来た男性教師の本田を目前としたユウジはパイプ椅子の座り心地も含めて良い気分ではなかったが、隣のレイは女性教師である及川をポーカーフェイスで見つめて出方を待っている。だが、麻峰レイという人物を知るユウジは、彼女が高揚しているのを見て取っていた。


「ここに君達を呼んだ理由はわかるかね?」

 沈黙を破ったのは本田だった。

「ええ、なんとなく」

「色々と調べて回っているようだが、何をしているのかね?」

「探しています」

「何を?」

「犯人の手掛かりです」

「・・・どこまで知っている?」

「どこまでとは?」

 本田の尋問にも似た聴取に答えていたレイだが、最後は質問に質問で返す。曖昧な問い掛けには答えようがないという意志表示だ。そんな、やり取りを隣で聞かされるユウジとしては身が縮む思いがしたが、余計なことはせずに、本田相手にも動じることのないレイにこのまま交渉役を任せることにする。

「「・・・」」

「ふう・・・。実は日曜日から月曜日の未明に掛けて学園データの一部が不正アクセスされたの。セキュリティのシステムからして内部関係者による犯行の可能性が非常に高い。そのため学園は関係機関への通報を先送りにして、事実関係を明らかにしようと内密に調査を続けていたわけなのだけど・・・あなた達はその事実に気付いてしまったようね?」

 一瞬、緊迫した空気が流れたが、下手な探り合いは時間を浪費するだけだと判断したのだろう。これまで黙って本田の隣に座っていた及川が、溜息と共に機密とされていたデータ漏えいの事実を認める。

 彼女は元より穏健派と知られていただけに、本田のような上からの一方的なアプローチではなく、生徒と対話しようとする意志を感じさせる。

 いずれにせよ、昨日までの捜査によってユウジ達は自力でその答えに辿り着いていたが、この発言によって推測が正しかったことが確定した。


「お、及川先生!」

「ええ、その通りです」

 手の内を見せた及川に応えるようにレイも認めるが、その前に本田が及川を責めるような口調で彼女の名前を呼ぶ。どうやら、及川が学園の機密を生徒に対して認めたことに驚いたのだろう。

「もはや、彼女達には下手な隠し事は時間の無駄でしょう。それで、この事実を他の生徒達にも教えたの?」

「いえ、それは余計な混乱を招くだけしょう。私達だけの秘密でした」

「・・・賢明な判断ね。現在のところ犯人はわかっていないけど、公にしてしまうと学園関係者、特に生徒だった場合は学園の評判だけではなく、その者の前途を潰してしまうかもしれない。詳しい事情が判明するまでは秘密にしないといけないの!」

 レイの返答に及川は安堵の笑みを浮かべると、改めて学園側の判断に対して理解を求める。

「それは存じています」

「しかし、どうやってこの事件に気付いたんだ?!」

「本田先生、この二人は別に非を犯したわけではありませんよ。そんな威圧的に接する必要はありません」

 本田が再び質問を繰り出すが、その態度を及川が嗜める。彼女の言う通り、ユウジ達は校則に限らず違法なことはしていない。むしろレイに限って言えば被害者だった。

「色々と手掛かりはありましたが、決め手となったのは学園日報の閲覧停止と位置情報の頻度です。更にこれまで学園外に出る際には行なわれていなかった音波検査の実施。これらを考慮すると学園に何かしらのトラブルが起こっていると判断出来るでしょう。しかも学園内の様子からして、生徒は当然としても職員にも完全には知らされていないように感じられます。これは先生方もその多くが容疑者の疑いがある。ということでしょうか?」

 それでもレイは本田の疑問に答えるが、その流れで逆に問い掛ける。学園側の不甲斐なさを指摘する辺り、巧妙かつ意地が悪い。さすがレイである。


「それは・・・」

「あなた達が・・・全クラスの出席状況や接点の無いはずの教員にも奇妙な聞き込みを始めていたので、もしかして、とは思っていたけど。そこまで掴んでいたのね。・・・はっきり伝えましょう。この事件を学園で完全に掌握しているのは校長先生、教頭先生、各学年の主任と私達生活指導部、更に学園内の警備を担当する一部の幹部警備員だけ。教職員を含むスタッフはこの警備員の方達が調べていますが、生徒に関しては私達生活指導部がそれぞれ調査しています」

 本田は口ごもるが、及川は観念したかのように学園側の状況を報せる。

「それで犯人は生徒の中にいそうですか? おそらく、ここ数日間は事件発生後から学園外に出た生徒を重点的に調べていたのでしょう?」

 昨日の結論でユウジ達は生徒の中に犯人もしくは共犯者がいる可能性は極めて低いと判断していたが、レイはそんなそぶりをおくびにも出さずに、及川へ更なる質問をぶつける。どうやら、ユウジ達が目を付けられた理由も昨日の外出のせいだったようだ。


「・・・そこまで推測していたのに、外出したの?」

「ええ、何しろ私達は犯人ではありませんし、生徒の立場では調べられることは頭打ちなっていたので」

「・・・」

 この回答にはそれまでレイの相手をしていた及川も絶句する。網を張っていて怪しい生徒を探っていたはずが、実は今回の生活指導室への召喚はレイの方から望んでいたと判明したからだ。おそらく、本気で犯人を追い詰めるなら学園上層部しか触れられない情報が必要と判断したからだろう。

 ユウジとしてもこの発言には驚かされたが何も言わずに、したり顔で成り行きを見届ける。レイの相棒はこれくらいでないと務まらないである。

「いずれにしても、君達が犯人ではないのは既に判明している。ここに呼んだのは、どこまで把握しているか調べるためと、わかっていると思うが箝口令を命じるためだ! 以後・・・」

「ああ、本田先生、待ってください。念のためにこの二人からはもっと詳しい話を聞いておきましょう。私達にとっては盲点になっている点に気付いているかもしれません! 麻峰さん、あなたが知っている、あるいは推測したことを教えてくれないかしら?」

 不快感を隠さず本田は結論を告げようとするが、レイの能力を認めた及川は助力を願い出る。

「ええ、よろしければ、お教えします」

 それにレイは慢心することなく冷静に及川に告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る