第27話
敷地内に学業だけでなく日々の日常環境をも揃え、生活空間としても完結している杜の宮学園ではあるが、生徒が学園外に出ることは特に禁止していない。
外泊許可こそ三日前からの申請と許可が必要だが、休日や放課後などの授業に差し障らない時間帯なら申請すれば、ほぼリアルタイムで許可が降りた。もちろん、正当な理由が必要ではあるが基準は甘く〝学園で売っていない商品を買いに出る〟〝気分転換で友人と遊びに行く〟でも申請は許可されていた。
もっとも、幾つかのルールがあり、外出時は制服の着用と生徒手帳の所持を義務付けられ、午後八時までには学園内に戻るように定められている。当然、これを破った場合には罰が与えられることになる。
学園内外への出入り、特に再入園の際にはレイが指摘した通り、空港並のチェックを受けることになる。特に厳しいのが認可されていない電子機器の有無であり、最先端の音波探知機を使って全身と荷物を調べられる。それでも、完全にオートマチック化されているので、異常がなければ一人当たりの検査は数秒で済んだ。
カフェを出たユウジとレイの二人は学園の正門に向いながら、外出許可の申請を手早く行う。本来なら学園外に出る必要はないのだが、生徒の立場で学園内と外界を繋ぐ正門の警備状況を調べるには、実際に外出するのが手っ取り早かったのである。
現在時刻は午後五時頃で放課後と呼ぶにはやや遅いが、門限にはまだ余裕があり一分も掛からず外出許可が返信させる。ちなみに二人が申請した理由は〝駅前にあるクレープ屋に友人と食べに行く〟とした。
長屋のように細長い建物が横一列に並んだ正門に辿り着くと、二人は十個用意されている門の内、唯一開かれている右側の門に向う。ここだけ見ているとまさに空港の入国監査所といった感じだ。
十個ある門の先はそれぞれ外界に繋がっており、中には警備スタッフの待機所と検査機器が置かれているのだが、入学式や卒業式のような外来者が大量に学園へ訪れるイベント日を除くと、平日は一箇所だけが使用されている。
学園は周囲を高さ三m程の壁で完全に覆われているので、外に出るにはこの正門か裏の車両用の門、あるいは商業区画用の搬入口を使用するしかない。車両用の門は救急車などの緊急事態に備えた設備なので普段は使用禁止であるし、搬入口は商業区画のスタッフしか通行許可は降りない。
何らかの道具を使用すれば外壁を超えることも可能と思われるが、各所に設置された防犯カメラによって直ぐに発覚するだろう。壁越えは自分が犯人であることを表明するのと同然だ。よって、学園の中枢である本校舎に出入り可能な生徒や教職員にとっては事実上、正門だけが学園内外を繋げる場所だった。
「こんばんは! お勤めお疲れ様です!」
中に入ったレイは生徒手帳に外出許可を示す画面を提示すると、満面の笑みを浮かべて警備職員に語り掛ける。彼女を知るユウジからすれば〝誰だ、お前は!〟と言いたくなるほど芝居掛かった笑顔だが、それは飲み込んでレイに続いて外出許可を示す。その意図を理解しているからだ。
「こんばんは。ありがとう!」
「ええ、こんばんは!」
建物の中には三十代らしき男性警備職員と、もう少し歳上と思われる女性の二人が持ち場を守っていたが、レイから労いの言葉を掛けられたことで二人とも相好を崩す。レイのような美少女に気さくに挨拶を仕掛けられたら誰だって嬉しくなるだろう。
「もしかして、これからデート?」
レイが男子のユウジを連れていることで察したのか、許可証に記されたバーコードをスキャナーで読み取りながら女性の方がレイに問い掛ける。
「そ、そんなところです。えへへ」
それを肯定しつつも、顔を赤く染めて恥じらうレイ。なかなかの名演技である。
「君、上手くやったな。頑張れよ」
「・・・ええ、がんばりました」
ユウジも男性警備員に小声で語り掛けられたので、レイと同様にそれらしい内容で返答する。もっとも、相棒の豹変ぶりに笑いを堪えるのに必死でその表情はぎこちない。
「急いでいるところ悪いけどこちらも良いかしら?」
二人分の外出許可証を確認し終えた女性警備員だったが、今度は音波探知機の前へユウジ達を誘導する。本来ならこの装置での検査は、外部から学園内に入るか戻る際のみに行われるはずである。セキュリティシステムが正常に働いているのなら、既に内部にいる人間をチェックする必要はないからだ。
「あれ、そっちは入園用の検査じゃないですか?」
ユウジ達からすれば、まさに学園に通常ではない非常事態が起こっている証拠なのだが、レイは何気ない雑談として警備員達へ問い掛ける。
「うん。前は入園の際だけだったんだけどね、最近は外出にも使う様になったんだ」
「そうなのですね。いつ頃からなのですか?」
男性警備員が答えたので、レイは検査を受けながらも彼に視線を送って更に質問を繰り出す。どうやら、彼の方が、噂好きと見てターゲットと定めたようだ。
「月曜日からかな。まあ、引っ掛かるような者は生徒に限らず出ないんだけど」
「まあ、そうですよね。でも、生徒に限らずってことは先生方にも検査をしているのですね?」
「もちろんだよ。我々は学園の安全を守る大事な仕事を任されているからね!」
「それに関しては私も本当に感謝していますよ! でも警備の方からすると、この人怪しいなって先生もいらっしゃるのですか?」
無邪気な女子生徒を装ったレイは次々と欲しかった情報を引き出し、より深い内容を探る。
「ははは、大きな声では言えないけどね。門の守衛をやっていると多くの人と接するし、噂も入ってくるんだ。例えば生活指導で厳しいって有名な先生がいるだろ。あの人、お堅く気取っているけど、外出から帰って来る時は女物の香水の匂いが染みついていることが多々あるんだ。たぶん、その手の店で・・・」
「んんぅ!」
レイの会話術は見事だったが、男性警備員の話す内容が個人のプライバシーに抵触した辺りで、女性の方が咳払いをする。
「ああ、未成年に話す内容でもなかったかな・・・今のは忘れてほしいな。それじゃ、デートを楽しんで来て!」
「はい、ありがとうございます!」
男性警備員は本来なら口にすべきではない情報まで口を滑らしたことに気付いたのだろう。彼はユウジ達を励ます言葉で会話を打ち切り、レイも深追いをすることなく笑顔で感謝を告げて二人は正門を後にした。
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