第28話
「・・・ちょっとブリッ子過ぎたかな?」
しばらく無言で最寄り駅に向って歩いていた二人だが、正門から充分な距離を取ったことでレイはユウジに問い掛ける。
「俺は笑いを堪えるのに大変だったけど、普通に上手かったよ。レイが無邪気な女子生徒のフリをしたおかげで相手の口も軽くなったと思う」
「うむ、無理した甲斐があった!」
ユウジの返答に頷きながらも、レイは両腕を上げて軽いストレッチを始める。どうやら先程のことは彼女にとってかなり窮屈な出来事だったようだ。
「でもこれで、警備状況が強化されたのは月曜日からだと判明したし、偶然ではあったけど本田先生と思われる情報も聞けた」
「ああ、学園の漏えい事件についてはそれを前提で捜査を進めていたが、先程の対応でその裏が取れたと思う。それに警備員の士気を見ると、やはり具体的なことはまだ教えられていないようだな」
「たるんでいるとはまでは言わないけど、確かに緊張感はなかった。・・・ところでこれからどうする? 本当にクレープ屋に行く?」
学園の警備状況を把握し、推測の裏が取れたことでユウジ達は今回の外出許可の目的を達している。表向きの理由とした駅前のクレープ屋に本当に出向く必要はないのだ。
「んん、このまま直ぐ学園に戻るのは不自然だし、立ち話で時間を潰すのも何だから、やはり駅前まで歩こうか。久しぶりに外の空気を感じたいしな。クレープ屋については・・・お腹具合で考えよう」
「夕食前だからね」
「そういうこと!」
意見をまとめた二人は揃って苦笑を浮かべると、学園職員用の駐車場を横目に見ながら最寄り駅に向って歩き出した。
やがて、ユウジとレイは十分程歩いて最寄りの駅前に辿り着く。杜ノ宮学園は全寮制なので、この駅を通学として毎日使う生徒はいないが、休日等で都心部へ出るための窓口、学園外でハメを外すための最も近場なプレイスポットとして生徒に限らず学園関係者に利用されていた。
私鉄沿線で東京都郊外という立地もあり周辺に目立った繁華街はないが、かつての米軍基地の職員を目当てにしていたと思われるアメリカナイズされたバーや飲食店が未だに残っていたり、カラオケ店やクレープ屋のような日本人向けの比較的新しい店舗が建ち並んでいたりと、新旧織り交ざった賑わいを見せている。
「ユウジ、君のお腹具合はどうかな?」
一先ずの目標としていたクレープ屋の前で足を止めたレイは、サンプルが並べられたショーウインドを眺めながらユウジに問い掛ける。
「うう、凄く美味しそうなんだけど、戻ったら夕飯だろ? やっぱり、今はいいかな・・・」
ショーウインドに飾られた各種クレープは色とりどりのフルーツが綺麗で視覚的に食欲を刺激するが、思っていたよりも大きくてボリュームがある。十代の育ち盛りとは言え、夕食前の間食としては重かった。
「そうか。私もあのダブルチョコレートって奴が気にはなっているんだが、先程カフェモカを飲んだから、糖分とカカオ分は充分なんだ。・・・また改めて来ようか?」
「うん、また今度で! しかし、レイはカカオ分とやらを定期的に摂らないとダメな体質なのか。ははは」
結局、無理をせずにクレープを断念した二人だが、ユウジはレイの返答に笑みを浮かべて突っ込みを入れる。彼女のチョコレート好きは知っていたが〝カカオ分〟とは、これまた初めて聞かされた概念だった。
「ああ、そこまで大量に必要ってわけじゃないんだが、チョコを食べると頭が冴えるんだ」
「・・・そう言えば、チョコレートには集中力を高める成分が入っているとか?」
「テオブロミンのことだな。もっとも、私の場合は完全に個人的な嗜好かな」
「なるほど・・・」
チョコレートは高カロリーな食品だが、レイは今回のように適量と思われる摂取量を守っているらしい。極めて健全であり、自分より博識と思われる彼女相手に藪蛇は無用とユウジは納得して頷いた。
「ところで、駅前に来たついでに買い物をしたいんだが、付き合ってくれるかな?」
それまでの話が一段落したところでレイはユウジに新たな提案を持ち掛ける。
「もちろんいいよ。何を買うの?」
「ふふふ、下着だ。学園内では可愛いのが売ってないからな!」
ユウジが快諾するとレイはいつもの僅かに口角を上げる笑み浮かべながら答えるのだった。
「もっと恥ずかしがると思っていたんだが・・・」
学園への帰路の途中、周囲の人影が少なるとレイは残念そうにユウジに語り掛ける。既に二人は駅近くの女性下着を扱う店で目的を済ませていた。
「一人で入るならともかく、レイと一緒なら店の人も付き合いだと思ってくれるし、靴下なら男物も扱っていたからね。レイの試着中はそれを見ていたよ」
「うむ、合理的だ・・・しかし、私としては試着中の時間を持て余して待つユウジの姿が見られると思っていたので思惑が外れてしまった・・・」
「ああ、やっぱりそんなこと企んでいたんだな!」
「ふふふ」
隠す気はないのか、ユウジに問いにレイは苦笑で答える。
「でも、靴下は必ずしも学園指定の物じゃなくても良かったんだ?」
このようなレイのちょっとした悪戯はいつものことなので、ユウジは軽く流して先程知らされた事実を再確認する。彼女は宣言どおり上下の柄が揃ったパステル色の下着を一セット購入したが、それとは別に紺色のハイソックス二足も買っていたのである。
「ああ、正式に認められているわけではないが、暗黙の了解になっている。入学、卒業式等のイベント時を除けば、普段は市販品を履いていても文句を言われることはないぞ。何しろ靴下は消耗品だからな」
下着はともかく、靴下は制服の一部として学園指定の物があるのだが、学園のマークが小さく刺繍されているだけで一般的な靴下の三倍以上するため、同系色で無地ならば市販品でも許されていたらしいのである。一カ月前に転入したユウジにとっては、知る由もない節約術と言えた。
「確かに消耗品にお金を掛けたくないね。しかし、レイは意外と庶民的なんだなぁ・・・」
「ふふふ。庶民であるのは否定しないが、単純にワンポイントの刺繍を入れたくらいで市価の三倍近くなる物を買いたくないだけだ」
思わず漏らしたユウジの評価にレイは注釈を付け加える。
「ああ、そういうことか、それはレイらしい。俺もその意見には賛成だ!」
ユウジの言葉にレイは手の平を叩きながら深く納得する。彼も積極的にコストパフォーマンスや節約を求めるつもりはなかったが、価値に合わない商品を買うのにはひどく抵抗を覚えるからだ。
「うむ、ユウジならわかってくれると思っていたよ!」
一部の隙もない美少女のレイと、良くも悪くも目立つ要素のない男子生徒のユウジ、一見すると不釣り合いな二人だが、根本的な価値観では多くを共有しているのだった。
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