第23話

「そうだな・・・あくまで俺の予想だけど。月曜日の早い時期、あるいはもう少し前の日曜日に靴の盗難事件とは別の・・・より大きく深刻な事件が起こったんだ。昨日、レイは靴の事件は大事件の前触れかもと言っていたが、正確な時系列では逆だったんだ。それを隠蔽するために学園は学園日報の閲覧を停止した。なぜなら日報には事件の手掛かりが記載されていたから。そして大事件の犯人は学園の生徒や職員である可能性が高く、監視を強化した・・・かな?」

 レイからターン交換を宣告されたユウジは。これまでの情報を自分なりに精査して推測を口にする。

「うん、なかなか論理的だ。悪くない。昨日の私の指摘を覚えていて時系列に気付いたのも素晴らしい。・・・とは言え、ディティールが荒い。もう少し判明している事実から掘り下げることも出来るはずだ。点数を付けるとしたら平均の60点くらいだな。ユウジ、もっと本気を出しても良いんだぞ?」

「いや、凡人にはこれくらいが精一杯だよ! それじゃあ。レイ大先生の見解を聞かせて欲しいな!」

 頑張って導き出した考えだったが、レイに平均と採点されたことでユウジは若干ふて腐れ気味に告げる。

「うむ。聞かせてあげよう。私もあくまで個人の見解となるのだが・・・鍵は学園日報だと思う。ユウジは事件の手掛かりがあったために閲覧中止になったと推測したが、本気で隠蔽するつもりなら偽情報を記載するべきだし、最近のことなら聞き込みなどでデータを自分で調べることも出来る。隠蔽のためだけに閲覧中止とするのはそこまで有効ではない。・・・そして、学園日報はシステム的に学園のアーカイブやデータベースの一部と思われる。貴重な学園のデータベースに異常があれば真っ先に接触を遮断するだろう。そして、君も知っているとおり、この学園はセキュリティが非常に厳しい。高い壁で外界から物理的に遮断し、その境界は防犯カメラを多数設置して目を光らせているし、電子機器を持ち込むにも高度な審査を経由する必要があり、端末に至っては学園指定の物しか使用を許されていないからな」

 ここまでユウジの挑発に乗る形で早口に推測を口にするレイだったが、一旦話を切って彼の目を見つめる。


「大丈夫だ、続けて」

 美少女に顔をまじまじと眺められるユウジだが、動揺することなく内容を理解していることを伝え、先を促す。既に先程のちょっとした不機嫌さは消えていた。

「我々生徒には知らされていないが、おそらく学園のデータベースは完全なスタンドアローンで外からの接続を物理的に遮断しているはずだ。学園日報や学生の所属程度ならいざ知らず、それ以上の情報となると学園内にある有線で繋がった端末から接触するしかないと思われる。この仮定を事実だとすると、データベースに異常・・・はっきり言えば不正アクセスによる情報漏えいが発生した場合、外部からの侵入が困難なことから内部の者の犯行になるのは間違いない。そしてデータベースへの不正アクセス程の事件が起こっているなら、学園日報の閲覧停止と生徒に限らず職員を含めた内部関係者の監視強化も納得が出来るはずだ!」

「だ、大事件どころか、テロレベルのガチ犯罪じゃないか・・・」

 レイが導き出した結論にユウジは声を荒げそうになるが途中で堪える。この話題を他の生徒に聞かれれば事実に関わらず面倒なことになるからだ。それでも〝まさか?!〟等の否定的な言葉は出て来なかった。レイの段階を踏んだ説明は合理的かつ論理的だ。充分な信憑性があった。

「そうだ。データベースからどのような情報が漏れたかは不明だが、少なくても生徒達の個人情報は含まれているだろう。下手をすると在校生だけでなく、これまでの卒業生とその保護者の情報が流出している可能性もある。普通なら即、警察案件だな」

「だけど、今の状況からすると・・・学園はまだ警察には通報してないようだね。先生達もそんなそぶりは見せてないし」


 ユウジはここ数日間の学園の状況を思い返すが、レイと親しくなった原因でもある靴の盗難事件を除けば、それらしい兆候を感じることは出来なかった。厳密に言えば靴の窃盗も犯罪だが、学園が持つ膨大な個人情報等のデータ漏えいに比べれば子供の悪戯である。

「先程の仮説が正しいとすれば犯人は内部の者だからな。警察に通報すれば刑事事件として扱われるし、マスコミにも勘付かれる。仮に生徒が犯行に加担していた場合、学園の生徒から犯罪者を出すことになる。おそらく、それを恐れているのだろう。それにユウジの指摘の通り私達の担任である横山先生の様子にも、これと言った変化が見られないから、もしかすると一部の幹部クラスを除くと、教師達にもまだ詳しく知らされてないのかもしれない。いずれにしても学園上層部としては外部に漏れる前に、示談などの形で解決したいはずだ」

「確かに、学園としては可能な限り表沙汰にしたくないだろう・・・」

「ああ、ここは何かと秘密主義なんだ。それにユウジも知っていると思うが・・・この学園、杜ノ宮学園には色々と謎が多い。戦後に返還された旧アメリカ軍基地跡の一部に設立された比較的新しい学校法人だが、ここまでの規模を持つ全寮制の学校法人が果たして本当に必要だったかと思わないか?」


 レイの言う戦後とは彼ら二人が幼い頃に終結した〝東アジア再編戦争〟のことである。この戦争はユーラシア東岸の大陸勢力と日本とアメリカを軸とする西側諸国によって太平洋の覇権を賭けて行なわれた戦いで、最終的には日本側が勝利して幕を閉じた。この戦争によってユーラシア東岸地域は分離、統合などの再編が進み、消滅した国家もあれば、新たに誕生した国家もあり歴史的に東アジア再編戦争と呼ばれている。

 東アジア再編戦争の勝利によってアメリカの世界戦略に変化が生じ、日本に置かれていた在日アメリカ軍も再編という名目の下、縮小が進められ東京郊外にあったアメリカ軍基地もその中の一つとなったという経緯があった。


「その辺は俺も転入する際にこの学園について調べたから知っているよ。基地跡の返還によって東京郊外に纏まった土地が売りに出されたことにより、生徒の衣食住と教育を一手に引き受ける、この学園が設立されたんだ。地方出身者からすれば大学受験で初めて上京するより、中学、高校から東京で暮らした方がどう考えても有利だからね。それに俺みたいに親の海外赴任等で日本に残ることを選んだ生徒達の受け皿でもある」

「そう、一応はこの学園が創設された理由はそれなりに筋が通っている。戦後はベビーブームが起こってそれまでの少子化で減った教育機関を増やす必要もあったからな。だが、この学園の規セキュリティシステムは下手な空港以上だ。最先端を謳っているとはいえ、過剰ではないかな・・・」

 ユウジは入学希望者向けパンフレットに書かれていた学園の設立理念を伝えるが、レイはそれを認めつつも持論を固持する。

「もしかして・・・レイにはその根拠があるとか?」

 何事にも裏読みするのがレイという人物だが、根拠もなしに陰謀論を唱えるはずがなく、ユウジはその理由を問う。

「ふふふ、もちろんあるぞ。ユウジは本当に質問の詰め方が上手いな。これを言うと引かれてしまうかもしれないが、私のIQは180前後だ。それだけじゃない、学年のトップ5辺りは全員150を超えている。そんなレベルの生徒が各学年に五、六人存在しているらしい。学園は優秀な生徒を特待生として招いているが、それにしても多すぎると思わないか? いずれにしてもこの学園は普通じゃない。その証拠の一人である、この私が言うのだからな!」

 レイは新たな事実をユウジに伝えた。

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