第5話 『事件~the case~』
「こちらを御覧くださいませ。」
アンドロイドであるアグライアーが、まるで司会を務める女子アナのように、そう言って中央に備えられた巨大モニターを指差した。
すると、そこに映像が映し出された。
最初はなんだかPR映像のようなものが流されている。
「Welcome to the Frankenstein laboratory!」
ああ、なんだかうさんくさい感じがするのは私だけでしょうか?
「ええ…・…っと、まずは事件が発覚したときのことをご説明しましょう。」
ハリー所長がいいカッコを見せようというのか、またここで話の主導権を握ってきた。
アンドロイドのアグライアーの美声のほうが聴きやすいというのに……。
事件とは……、この『フランケンシュタイン研究所』の名を代表する博士、ヴィクトール・フランケンシュタインが殺されたという事件のことです。
私たちが到着する2日前にその事件は発覚したという……。
「その日の朝、アルネくんが地下5階の『特別実験室Z』の強化ガラス越しに、何者かが血まみれで倒れているのを発見しました……。」
「はい。所長のおっしゃるとおりです。私が午前中の実験の準備をしようと、1階の自分の研究室からエレベーターで地下へ向かおうとした際、なにげなく『実験室Z』をガラス越しに見下ろしたのです。」
アルネ助手がハリー所長の話に合わせて答えた。
「ちょっと……、待ってください! 今、地下5階と言いましたよね? ガラス越しに……って、その『実験室Z』はどういう構造をしているのです?」
ムラサメ刑事がここで疑問を口にした。
「ああ! 『実験室Z』は地下5階にその出入り口があるのですが、吹き抜け構造になっていまして、1階、2階からも強化ガラス越しに中を見ることができるのですよ。……まあ、もちろん、距離があるのではっきりと確認することはできませんでしたが……。」
アルネ助手が答える。
「そして、驚いた私は急いで同じ助手のマハラルを呼んで、一緒に地下5階に向かったわ。」
「マハラルというのは四大助手の一人で本名はイェフダ・レーヴ・ベン・ベザレルと言います。みなは愛称のマハラルと呼んでいます。非常に優れた研究者です。」
ハリー所長が補足を入れてくれた。
アルネ助手が話の続きを語り出しました。
「マハラルと一緒に地下5階へ降りた私は、まず『実験室Z』のセキュリティー・ゲートを二人で解錠し、続いて実験室の中を強化ガラス越しに確認しました。」
ここで、中央の巨大モニターに地下5階の『実験室Z』の入り口の映像が映し出された。
なるほど。この『実験室Z』の出入り口も2つの扉になっているのね……。
そして、外側が『セキュリティ・ゲート』で、私たちがこの研究所に入ってきたときの正面扉と同じようなものでしょうか?
さらに実験室の中へ直接続く扉が例の『二重扉』ですね……。
「そして……、『実験室Z』の中には、血まみれになったヴィクター博士が倒れているのが見えました……。そして、その隣には……、『アダム』が立っていたのです!」
「アダム……とは!?」
「はい。正式名称を『アダム・フランケンシュタインズ・ワーカー』と名付けられた、ヴィクター博士の最高傑作のアンドロイドですわ!」
「アンドロイド……ですか……。」
「そうです。そして、『実験室Z』の二重扉は固く閉ざされていました。……だから『実験室Z』の内部に入ることはできませんでした。」
「なるほど……。それで、その後、どうしましたか?」
「ええ……。その場にマハラルを残し、私は同じ地下5階にあるメアリー博士の研究室へ向かいました。」
「ああ。もうひとりの博士ですね?」
「そのとおりです。この研究所のもうひとりの天才、メアリー・パラケルスス博士です。」
「コンジ先生。メアリー博士ってご存知なんですか?」
「ああ。君は知らないのか……。本名マリア・フィリップス・アウレオールス・テオフラストゥス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイム、数年前に発表したホムンクルスの生成に関する論文が世界的に評価され、一躍有名人となった若き天才女性博士だ。もちろん、僕もその論文は目を通している。なかなか斬新な発想だったな……。」
「そうなんですねぇ……。」
「メアリー博士は、『実験室Z』の二重扉の第一のキーを持ってらっしゃるから、私は急いでメアリー博士の研究室のドアを叩いたわ。そして、メアリー博士を連れて、『実験室Z』に戻ったのですが……、やはり『二重扉』は開けることができませんでした……。」
アルネ助手が残念そうに言った。
「そうなのです。『実験室Z』は二人の博士にしかアクセス権限がないのですよ。」
ここでハリー所長が補足を入れた。
「となると、つまり……?」
「ええ。『実験室Z』の二重扉を開けるには、ヴィクター博士とメアリー博士のお二人が揃わないと開かないシステムになっているのです。」
「なんだって!? ……でも、緊急事態だ。なんとか開ける手段はあるのだろう?」
ムラサメ刑事がそう言って、ハリー所長を見た。
「その後、私、ハリーを呼びにマハラル助手が来て、私もすぐに地下5階の『実験室Z』に向かいました。途中、ブスマン領事の部屋に寄り、四人の助手とトップ研究員の者たち……権限5までのメンバーには知らせて、地下5階へ集合させるように指示を出しました。あとは……、一時的には他の研究員……権限6の者には箝口令を敷くようにと……。」
「ああ、話の腰を折るようですまないが、権限5や権限6というのは……?」
「これは申し訳ありませんね。権限というのは重要機密事項へのアクセス権限のことです。この研究所に所属しているものは全員、権限レベルが定められていて、その権限レベルによってアクセスできるデータや、立ち入り場所などの制限があるのですよ。」
「ほお……?」
「ヴィクター博士が権限1でトップで、メアリー博士が権限2、私ハリーと外部の幹部・役員の方が権限3、四人の助手と内部役員、外部の権限を与えられた者が権限4、トップ研究員たちが権限5、一般研究員は権限6となっていますね……。ああ、この研究所のメインコンピュータ『モノリス2000』は特別に権限0ですけどね……。」
「権限ゼロ……ねぇ……。あらゆる権限を突破できるということか?」
「まあ、それはすべてを制御しているコンピュータですからね。」
コンジ先生はなにやら思案顔でした。
アクセス権限のレベルが決められているのですね……。
場合によっては閉じ込められたり?
私はそれを聞いて、途端にこの無機質な研究所の空間に寒気を覚えたのでした。
「それで、ヴィクター博士はどうなったのだ?」
「ムラサメ刑事……。はい。我々は『実験室Z』の前に集まり、制御室から二重扉を開くように精一杯、努力しましたが……、決して扉を開けることはできませんでした……。」
「……んん!? なんだって? ……ということはヴィクター博士の遺体は今、どうなっているのだ!?」
「はい。いまだ『実験室Z』の中に残されたままなのです……。」
ハリー所長が、無念そうに顔を歪めながら答えた。
なんということでしょう……。
犠牲者と思われるヴィクター博士の遺体そのものが、いまだ『密室』である『実験室Z』の中に取り残されたままだというのです!
そして、血まみれの博士のそばにはアンドロイドの『アダム』がいるという……。
「ふむ……。そう来たか……。これは面白くなってきたぞ……。」
コンジ先生だけがひとり愉快そうにニヤリと微笑んだのでした。
~続く~
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「犯人、当ててやる!」
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あっちゅまん
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