第78回「波」 ムーン・リバー

 掃き出しの硝子戸を開け放てば空とつながる。山の端と海岸線が接しているから、高台のこの家では少し屈むだけで一面の青が広がる。山は海へ、海は空へとひと続きになっている。

 低くかかった月のまるい光が波間にのびて、どこかへいざなうようだ。かたわらに置いた写真立てが笑い、くゆる煙は外へとさまよい出ていく。

「もう行っちゃうのかあ」

 蚊取り線香のにおいが好きだ、ときみは言った。だから弔いの線香は焚かない。光の道はゆらゆらとして、ほろ酔いの私では渡れそうもない。波が絶えればいけるだろうか。渡った先で、きみにまた会えるだろうか。

 波は絶えないし、私はまだ渡れない。宵のあわいをゆらゆら揺れて、月へと至る道のりを見届ける。

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