第76回「影」・小松菜供養

 父が亡くなり、家業を継いだ。

 たゆたう線香の煙の向こう、御影石の鏡面は黙って俺の顔を映す。花入れに野菜がささっているのはうちぐらいのものだろう、家は小松菜農家なのだ。

 夏も盛りの炎天下。ひとりで参りに来てみると、墓の前に人影がうずくまっている。

「だれ」

「おお、紀寿」

「親父」

 振り返った顔に危うく卒倒しそうになった。戸惑いながら手招きに応じると、あろうことか灼けた墓石で小松菜焼きそばを作っている。

「この御影石がいい具合に焼けるんだ」

 俺には一口も寄越さずきれいに食べ終えると、父は満足気に頷いた。

「いい出来だ。もう思い残すことはない」

 そして口の端にソースをつけたまま、ソーダの泡のようにたちのぼって消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る