エピローグ 2

 闇夜の教室の中、真っ先に目に飛び込んできたのは床に崩れ落ちる魔女っ娘の姿だった。


「そんな……こんなことって」


 月光に照らされた白い顔は虚ろで感情のない人形のようだ。ビー玉の瞳が俺に向けられ、ゆっくりと左手へと移る。


「そう……そういうこと」


 呟きの直後、部屋が明滅して急に明るくなった。天井の蛍光灯がついたのだ。


「すべてお見通しだったんですね」


 花の目線を追った先には電灯のスイッチに手をかけた築山がいた。


「あなたよりはちょっとは長く生きてるからね。頂に立つ者としての矜持もあるし」


 花が何かに気づいたように瞠目した。


「最初から結果は決まっていたんですね。私がおにいちゃんを助けるなんて……やっぱり」


「今更ね。身の程をわきまえないからこういうことになるのよ」


 辛辣だな。確かに花のしたことはとんでもなかったかもしれないが、それも兄を想うゆえだろう。

 床にへたりこむ花。同情の余地はあると思うが。

 溜息を吐いたのは築山だ。


「素直に〝協会〟に助けを求めればよかったのにね」


「それ、どういう意味ですか」


「御厨暮太の病は〝ソロン〟特有のものよ」


「え……?」


 築山は黒板の上に設置された時計に視線を巡らせ、


「そろそろ行かないとね。お兄さんのことは、任せておきなさい」


「それって、どういう……」


 花の頭は理解が追い付いていないようだった。俺にもよく解らない。


「えっと……つまり……」


 絶望に打ちのめされていた花にみるみる生気がみなぎっていく。


「これからも、おにいちゃんと一緒にいられるんですか?」


 希望が蘇った瞳で築山を見上げる。


「あなたは特別指導監行きよ。十年は覚悟しなさい」


 塩を振られた青菜のようにしょげ返る花。

 築山は呆れたように首を振る。


「御厨暮太の回復次第、本部に派遣してあげてもいいけど」


「あっ、お、おねがいします! ぜひ!」


 再び元気を取り戻した花。

 よく解らないが嬉しいことのようだ。


「ありがとう、ございます」


 瞳いっぱいに涙を溜めて深く頭を垂れる花の姿は兄想いの素直な少女にしか見えなかった。これで反省して更生してくれれば、ってそんな心配はいらないか。


「これで、めでたしめでたしというわけね」


 一件落着したからか振る舞いの中にも疲労は隠せていないようで、切長の双眸にもほんの少しだけ力が抜けたように見える。


「築山、怪我は大丈夫なのか?」


「かすり傷、と言いたいところだけどね」


 大丈夫なのか大丈夫じゃないのか。まあ本人がこの調子なら心配ないのかもしれん。出血も止まっているようだ。

 というより気付いたことがある。


「俺は、女のままなんだが」


 見れば浮遊していた《俺》も消えている。

 どういうことだ? 俺を男に戻して世界をあるべき姿に戻すのがこいつの目的じゃなかったのか?


「心配はいらないわ。処置は終えたし。あなたも、もう一人の自分と会ったでしょう?」


「ああ」


「彼女は表裏世界に行ったわ。つまり、そういうこと」


 この世界にはもういないっていのか。《俺》は俺がもともといた世界にいった。なるほど、理解できたぞ。


「私は急ぐから」


 泣きじゃくる花の頭に手を載せて築山は目を閉じる。

 次元の裂け目とやらを残し、二人はその場から掻き消えた。

 えらくあっけなく行っちまったな。

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