エピローグ
眩しくはなかった。
全てが白く輝く空間で、俺自身の姿だけははっきりと視認することができる。
体が重くなったような感覚。下を見ると胸の膨らみが消えていた。長い髪がなくなったせいか頭はすこしだけ軽いような気がする。着慣れた制服のシャツとズボン。
俺は男に戻っていた。
「戻った、のか?」
声を確認するようにこぼれた独り言。紛れもない男の声。一回り大きくなった両手を握り開くを繰り返してみる。
「まだ戻ってないよ」
女の声が聞こえた。
「ようこそ、かな」
正面に現れたのは声の主と思しき少女。
とんでもない美少女だった。長い髪は麗しく、スラリとした長身。
とういか、それは《俺》だった。
「はじめましてって言うのも、なんかおかしな気がするけど」
照れたように笑う《俺》は俺が思っていた以上に魅力的であった。
「俺って、こんなかわいかったんだな」
自然に零れた言葉だった。一週間生活していても自分の姿を目にするのは鏡を見る時くらいだ。普段の表情を見ることはできない。
美人だとは思っていたが、こうして別人として顔を合わしてみると《俺》がいかに絶大な魅力を誇っているか再認識した。自分が男であることも関係しているのかもしれない。
「キミも驚くくらい男前よ」
ウィンク。実に女らしい仕草で指を立てる《俺》。
「あたし達って、案外ナルシストなのかしら」
「かもしれないな」
微笑む《俺》につられてこっちまでにやけてしまう。
「どうだった? 女になった感想は?」
「よくわからないな。何分色々忙しくてさ」
「なによそれ。こっちは窮屈で堪らなかったんだけど」
「悪い。けど悪気はなかったんだからさ」
「えー、それ自分で言う?」
同じ人間が二人いたらその二人は絶対に相容れない、という話を聞いたことがある。人間というのは自分の欠点から目をそらしたがる生き物だからだ。
だが、
はっと託された役目を思い出す。こんなほのぼのとしていていいのか?
「だいじょうぶ」
急に真面目な顔になった俺に眩しい笑顔を向けて、
「ここから出ていくのはあたし。キミにだけおいしい思いはさせないから」
目の前の存在が急速に薄れていく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
呼びかけに応えるように薄らぎが止まる。
首を傾げる姿は次の言葉を待っているようだった。
「お前は、どこまで知ってるんだ?」
「あたしはキミだもの。キミが知ってることは全部知ってる」
《俺》は解ってましたと言わんばかりのしたり顔で、
「キミが知らないことも、ちょっとだけ知ってるかも」
それから悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。
俺が何も言い出さないのを確認したか、《俺》の薄らぎが再開する。
これから何がどうなるかなど解らない。《俺》は理解しているようなことを言ったが本当に解っているのかは疑問である。
ここから出ていくと言った。どこから出ていくんだ? ここか? そもそもここはどこなんだ? さっきまでいた教室には見えない。
消えゆく《俺》は何も言わない。こいつなら俺が今なにを考えているか手に取るように解っているはず。
《俺》は俺だ。《俺》は、何も心配いらないと心中で囁いていることだろう。
説明してくれればいいのに。
「みんなによろしく」
僅かに惜しむような表情を美貌に載せて最後の一言を残す。
《俺》は、完全に消え去った。
そして、世界は暗闇へと戻る。
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