クライマックス 2

「ふふ、所詮この程度ですか」


 静寂の病院に鳴る魔女の声。


「うまくハメてくれたわね」


「ええ、こんな薄気味悪い場所で待った甲斐がありました」


 魔女っ娘がこちらを向く。


「警告を無視したのはいただけませんが、この女を始末できるのなら儲けものです」


 動揺で喉が鳴った。


「花ちゃん……なのか?」


 笑い声。大きなコーンハットが床に落とされる。


「こんばんは、みぃやさん」


 柔らかな笑顔。紛れもなく御厨花であった。


「玲於奈をどこにやった?」


「さあ?」


「とぼけるなよ」


 どこまでも穏やかな表情の花。


「無駄よ有栖川。この子はもう狂ってる」


 足下に血だまりを作る築山。腕の痛みは相当なはずであろうにも拘らずさっきと変わらぬ無表情を保ったまま。

 だが、その瞳は――俺が冷静にさせられてしまうほどの――烈火の怒りを湛えていた。


「狂ってる? どこがです? 私は至って普通です」


「兄一人のために他人の命と世界の秩序を弄ぶ。正気の沙汰じゃないわ」


 花が築山を睨んだ。


「家族のために努力することがそんなに変? 愛情のない人。おにいちゃんを救うためなら、私はなんでもする」


「心動かされる兄妹愛ね」


 血だらけの手で眼鏡を外す築山。


「悲しくなるわね。利己主義の〝ソロン〟が存在するなんて」


 それを無造作に投げ捨て、床に落ちた瞬間。レンズとフレームがバラバラに砕け散り花へと加速した。杖を振り上げながらバックステップを踏む花に破片は当たらない。それどころか、近くにあった棚やらベッドやらがすごい勢いでこちらに飛んでくる。築山はすかさず俺の前に出て飛来した軌道を変えた。


「お姫様を守りながら、いつまで持ちこたえられますかね」


 足手まといの宣告をされたのはショックだ。

 廊下の壁と天井が細かな破片となって崩れていく。


「〝マスレス〟はここじゃないのね」


「もちろんです」


 鋭利な破片は築山と花の間を浮遊して流動する。


「取り返したいなら、どうぞ探してみてください」


「必要ないわ。あなたについていればいいだけの話よ」


「そうさせないためにここにいるのですけれど」


「何もかも自分の思い通りになると思わないことね」


 刹那、破片が飛び交った。コンクリートの刃が弾丸の如く両者を襲う。

 花は軽やかな身のこなしで防ぎかわしを繰り返すが、俺のせいで身動きの取れない築山は防御しきれずに被弾する。

 肩に直撃していた。鮮血が飛び散る。貫通の痕。シャツの背が赤く染まっていく。

 舌打ち。


「ここにいて」


 言い終わると同時に床を蹴って駆け出す築山。血の軌跡を残しながら身を屈めて花へと一直線。

 鉄が軋むような音と弾ける白い閃光。築山の進路を阻むように展開されたそれらを縫うように疾走する。壁を走り、天井を滑り、宙を飛ぶ。瞬く間に花の眼前に迫った。


「迂闊ですっ!」


 ほぼ同時に手を出した二人の間で一際強い閃きが生まれ。次の瞬間、築山の掌が向けられた方向が崩壊した。

 壁も床も天井も、窓も廊下も部屋も、細かな瓦礫となって崩落する。大爆発でも起きたかの如き轟音。花はその奔流に巻き込まれて吹っ飛んでいた。

 築山は花を追って崩れ落ちる瓦礫の中へ。おい何考えてんだ、と思ったのも束の間。四階から一階まで崩れ落ちたコンクリート片の中で幾重もの煌めきが生じる。


 観察する中で、ようやく築山や花の生み出す閃光や轟音の正体がなんとなくだがわかってきた。彼女達が操っているのは空間だ。空間の亀裂を発生させ、それを相手に向かって撃ち出すことで攻撃にしているのだ。閃光と轟音は、空間の亀裂同士の衝突によって生まれる。色々なものを浮かせたり砕いたりしているのも同じだろう。〝ソロン〟とはそんな超能力じみたことができる奴らだったのか。


 俺の身は今のところ安全でそんなことを考える余裕があった。だが築山の言いつけを遵守するほどの落ち着きはなかったようだ。気付けば俺は階段を駆け降り瓦礫の山の前まで来ていた。

 敷き詰められた瓦礫の上には息を荒げた花。出血のひどい築山は顔色一つ変えず息も切らさず悠然と対峙している。

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