廃病院にて 3
「どうなってんだ」
「静かに」
パラパラと破片が落ちてくる。魔女っ娘は見えない。
「派手にやったわね」
瓦礫が爆発した。飛び散った鋭利な破片が俺達に迫る。その破片は見えない壁にでも当たったかのように軌道を変えて俺達を避けていく。再び耳障りな金属音。弾ける閃光の中で俺は何をしたらいいか解らない。
体がいきなり加速した。築山は俺を抱えたまま壁を駆け上ってさらに一階上の天井を蹴り、扉をぶち破る。四〇四号室の扉から出たことになる。廊下に被害はなかった。走る唱子を遮るように壁が崩落し、コンクリートとむき出しの鉄骨に紛れて流れるように魔女っ娘が現れる。築山の舌打ちが聞こえた。
「その程度ですか?」
魔女っ娘が杖を振った。瓦礫の山が津波のように迫ってくる。
「いい腕ね」
津波は俺達に到達する前に粒子になって虚空に溶けて消えた。かと思うとその粒子の奥から鋭利なガラスの砕片が弾丸の如く詰め寄ってくる。避けろ、と思った時には既に離れていたはずの魔女っ娘の頭上におり、俺ごとテレポーテーションしたということに気付くのに数瞬を要した。その間にも築山は俺を抱えて天井を滑るように移動し眼下の少女に接近する。魔女っ娘がこちらに向けて杖を振り、双方の間で幾度の閃光がほとばしり、連続する衝撃音は間隔が短すぎてほとんど長音になっていた。
「へぇ。そこそこ優秀なのね。処罰するのがもったいないわ」
瓦礫が飛び交う。
「ご安心を。あなたでは私を罰することはできません」
閃光が弾ける。
「減らず口ね。世界の広さを知りなさい」
割れ鐘のような轟音。
「私が驕っていると?」
どちらも傷つくことのないまま、
「ご名答」
見たこともない戦いは続く。
「心外ですね。私は冷静な戦力分析の上での判断を下しているだけです」
俺は完全に蚊帳の外だった。築山に抱えられながら、戦いの中を振りまわされている。
果てしなく続くかと思われた衝撃の波は、築山と俺を包んだ一際激しい閃光を最後にぴたりと止んだ。
一瞬にして静寂が訪れる。
「あ!」
この声は俺のものだ。
瓦礫を挟んで向かい合う魔女っ娘の傍らには《俺》が浮いていた。
「ほんの少しだけ心残りですが、あなたとのお遊びもこの辺で終わりにしておきます。私にはまだまだやらなければならないことがたくさんですから」
逃げる気か。
築山は何も言わず、動こうともしない。
「では、ごきげんよう」
魔女っ娘は恭しくお辞儀を済ませると、電線が火花を散らすような音を立てて出現した空間の亀裂へと消えた。もちろん《俺》も一緒に。
廃墟らしい廃墟に生まれ変わった廃病院には、俺と築山だけが残される。
《俺》を連れ去られたままで、大丈夫なのだろうか。いや、そんな訳はない。俺本来の体を取り戻さなければ、大変なことになるらしいし。
とりあえず、はやく降ろしてくれ。
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