風呂

 湿気にやられた体を癒すのは風呂に入るのが一番。

 というわけで現在その癒しの空間にいるのだが、別の意味での癒しも生まれる。

 表裏世界の自分だからなのか女の体に抵抗はなく、裸になることに対しての躊躇もなかった。

 数回目の風呂。鏡に映った自分の姿はそれだけで目の保養になる。

 顔のつくりの良さはもちろん、全身を覆うきめ細やかな白い肌は見ていて気持ちがいい。思わず触りたくなる。ていうか触ってる。滑らかな触り心地。ぷにぷにと柔らかい。

 腕や脚は細い。余分な脂肪など一切なく理想のスタイルを維持している。

 胸に関しては大きい方なのかな。うん、それなりにあると思う。ちょっと邪魔なくらいだ。形も良いし、こりゃばっちりだな。下の方は気にしないことにする。

 ここまで見事な女の体だというのに、当の俺は微塵も魅力を感じない。いや、すんごい魅力的な体だということは理解できるのが、なんかこう、性的な興奮を覚えないというかなんというか。自分の体にハァハァ言うのもそれはそれで変態なんだが。

 ところで、髪を洗うのはそれなりに手間がかかるってこと。腰まで伸びた艶やかな黒髪をベストな状態で保つとなると、洗う時はもちろん風呂を出てからも手入れをしなければならない。こういうところは男と女の違いなのかもしれないな。

 女になってから長風呂になったなぁと実感しながら脱衣所で体を拭いていると、リビングで携帯電話が鳴っていた。

 タオルだけを巻いて電話を取りに行くと、ディスプレイに浮かんでいたのは玲於奈の文字だった。何か用かな。用も無くかけてくるのは日常茶飯事だが。


「おう。どうした?」


『ああ、ちょっと頼みがあって』


 口調こそ普通だが、内に真摯さを感じさせる声色だった。


『あのね。今日学校で沢野が話してた子いるでしょ?』


「築山のことか?」


『そう。紹介してくれない?』


 妙なことを言い出す。

 面倒事なら丁重におことわりするつもりだったが、友人の紹介くらい大したことはない。しかし俺と築山が友人と呼べる関係なのかどうかは言を左右にするところだ。


「俺はかまわないけど、本人がなんて言うかわからないぞ。今度会った時にでも言ってみようか」


『連絡先は知らないの?』


 知らん。いつも唐突に現れて小難しい話をするや否やさっさと消えるような掴みどころのない奴だからな。わざわざこちらから出向かなくとも来る時に来るだろう。明日も現れそうな感じだ。

 愛のなんたらネットワークを駆使すれば解るかも知れないが、そこまでしようとは思わない。

 その旨を伝えると、


『できるだけ早い方がいいんだけど』


「善処する。用件はそれだけ?」


『うん、頼んだ』


「頼まれました」


 別れの挨拶で電話を切る。

 急な眩暈。

 膝が崩れるのが解った。


 地面が近づく。

 視界が暗転し、次に見えた物は、夜空の下で悲しげに佇む廃病院であった。

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