築山唱子、再び 2

 隣で吐息だけの笑い。


「国家に警察がいるように、世界という存在にもその秩序を保つ者がいるわ。表裏世界間の調和を生業とする世襲の異能者。私達は〝ソロン〟と名称をつけてる」


 また信号に引っ掛かった。俺達の足が止まる。


「お前はその〝ソロン〟とやらなわけか」


「あなたを手引きした魔女も同じくね」


 まじか。


「相世界間の同じ人間同士は〝コプラ〟といい、互いに引き寄せあう力を持っているわ。引き寄せあうといっても物理的に近づいたり、精神的に惹かれあったりするわけじゃない。言うなれば運命を共有する力。この力を〝ミグ〟と呼ぶの」


「どゆこと?」


「同じ人間といっても、別の世界に異なる形で存在しているでしょう。だからそれぞれの人生は全く同じじゃない。一見別人のように思えるこの関係だけど、そこに〝ミグ〟があればその人物の運命は結ばれる。二つの道が一つになる。つまり自身と環境が〝コプラ〟のそれに近付いていく。性別や名前とそれに付随するもの以外に大きな変化はなかったでしょう?」


 それは確かに。容姿のレベル、性格、交友関係には何の差異も感じられず、男女のダブルスタンダードに沿って変化した個々の能力も妥当。もしも性別か逆だったらというifを見事に実現したようだった。


 うすぼんやりと理解できた。要するにこういうことだろう。

 男の俺が男の玲於奈と遊んでいた時、女の俺も女の玲於奈と遊んでいた。

 男の俺が男の玲於奈と喧嘩していた時、女の俺も女の玲於奈と喧嘩していた。

 感情や環境の一致。運命の共有。


 視界の端に青の明滅が映り、間もなくこちらの赤が終わる。


「ここで質問」


 一歩を踏み出しながら、築山がこころもち強い口調を発した。


「中身を失ったあなた本来の肉体はどうなっていると思う?」


 俺は青ざめる。考えたことも無かった。


「精神が抜けた肉体は質量を失い、世界と同化して虚空をさまようの」


「消えるってことか?」


「消滅じゃないわ。世界の客観に無いものとして見なされるのよ」


 ちょっと何言ってるか分からない。


「でもね、おかしなことにあなたの体は向こう側にないのよ。誰かが意図的にこちらに持ってきたらしくてね。こう言えば、察しはつくでしょう?」


「魔女っ娘か」


 首肯する築山。


「何に使うのかは知らないけど、余計な手間を増やしてくれたものね」


 魔女っ娘に言っているのか、それとも俺に言っているのか。

 気付けば街の雑踏を抜けて我が家を含む閑静な住宅街を進んでいた。いくぶん雨脚は弱くなったものの、傘から出るのは躊躇われる。


「話はここまでよ」


 家まであと百歩の分かれ道で、築山が足を止めた。


「え、もう?」


「これ、貸すわ」


 そう言って俺に傘を渡し、背を向けて去って行った。

 俺はその背中を見送っていた。どうせテレポーテーションとかするんだろと思っていたからだ。魔女っ娘と同じ〝ソロン〟なのだとしたら、築山も同じような力を持っているのだろう。


 そんな予想に反して、築山はごく普通の足取りで去っていく。

 雨に濡れていないように見えたのは、俺の目の錯覚だろうか。

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