築山唱子、再び
放課後。
「来たわね」
固まった埃のような曇天の下。校門の前で、築山唱子は腕を組んで塀に背を預けていた。
「またか?」
「ええ。時間はある?」
築山は腕を解きこちらへと歩み寄る。
「まぁ暇だけど」
どうしてわざわざ学校まで来るかね。他校の生徒が校門前にいるというのはそれだけで注目を集めてしまうものだ。要らぬ誤解は避けたいんだけど。
「昨日の続き。頭は整理できた?」
「多少はな」
言葉の途中で頬に冷たい感触。空を見上げると無数の水滴が迫ってくるのが見える。ちくしょう降ってきやがった。
「時間が惜しいわ。歩きながら話すから、来て」
そう言って築山は黒い傘を広げる。あれ、傘なんか持ってたっけ。
そんなことより俺は雨具を持ってない。既に歩き出した築山を追いかけ無理やり中に入る。相合傘だがこの際やむをえない。女同士だしいいだろ。
「狭い」
「俺もだよ」
「梅雨なんだから、傘くらい持ちなさい」
「手ぶらをこよなく愛してるんだ」
鼻で笑われた。むむ。
異性と肩を並べて下校する日を夢見てたりしてたが、自分の性別が変わった結果、結局同性と相合傘になっているというのは皮肉なものだ。こういうところを愛に見られたらまた面倒なことになる。あいつの家が逆方向でよかった。
我らが時沼高校は駅前のにぎにぎしい区画のほぼ中心に位置しており、周辺の人通りや交通量も多い。雨にも拘らずすれ違う連中の十人に六人が振り返るのは、俺か築山か、あるいは両方が美少女だからだろう。
容姿がいいだけに、結果的にナルシストになっている節があるな。うん。
「聞きたいことがあるんじゃない?」
築山が口を開いたのは交差点で信号待ちをしていた時だった。
俺は向かいの赤いランプを眺めながら、
「昨日、俺がこっちに来たせいで厄介なことになったって言ってただろ? あれってどういう意味なんだ?」
ふむ、と唱子。
「簡単に言うと、世界のバランスが崩れかけているの」
信号待ちの人々が一斉に歩き出す。どこを見ても傘だらけだ。
「本来、肉体と精神は切り離せない一つのもの。今のあなたはその理から外れていると言っていい。男の体からむりやり精神を取り出され、表裏世界の体に植えつけられた」
築山はくいっと眼鏡をあげる。
「その体にあった元の精神は、侵入してきたあなたに圧迫されて消滅の危機に瀕しているわ」
俺ははっとして築山の横顔を見た。
「それって……もしかして結構やばかったりするのか?」
「結構だったらどれだけ良いかしらね」
どうやら非常にやばいらしい。
この身体にあった元々の女の精神が無くなってしまう。つまり人格が消えるということ。それは一人の人間の消滅を意味する。一人の自分が消える。実感は湧かないが一大事であるのは理解できる。
「疑問は晴れたかしら?」
「逆に増えたぞ」
お構いなしに俺は言った。
「お前が何者かとか、魔女っ娘は何者かとか、解決策はあるのかとか、解決できなかったらどうなるかとか」
聞きたいこと山の如し。
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