情報屋

 沢野愛という女は――男の時もそうだったが――何故か分からないがかなりの情報通である。

 世間の動向から地域の事件、周囲の人間関係など逸早く手に入れる謎の技術を持っているのだ。

 どこぞの諜報員なんじゃないかと疑いたくもなるが、本人はただの野次馬根性だと豪語しているからそれ以上の追及はしていない。


「なぁ愛」


「ん~? なぁにみぃや」


 ホームルームの前。俺は愛の力を借りることにした。


「情報屋としてのお前を見込んで頼みがある」


「え~? どしたの急に」


「ちょっと気になる奴がいてな」


「え! もしかしてそれって!」


「少なくともお前の考えているような話じゃないよ」


「え~またまた~。まぁ根掘り葉掘り聞くのも野暮ってものだもんね! いいよいいよぉ~。協力しちゃう!」


 言いながら、愛は鞄をあさる。


「じゃじゃあああん」


 安っぽい効果音に飾られて出現したのは小型のノートパソコン。こいつは毎日持ってきてる。


「まぁ、誰のことかは見当がついてるんだけどね~」


「どういうことだ?」


「築山唱子ちゃんでしょ~? 愛ちゃんはちゃんと調べておきました」


 うそだろ? マジかこいつ。昨日の今日だぞ。

 愛はパソコンを起動しつつ、へらへらと笑う。


「愛ちゃんの情報網をなめちゃあいけないよ。この町の美男美女は愛ちゃんのラブネットワークに網羅済よ」


 そんなネーミングセンス皆無の不健全なネットワーク潰れちまえばいい。さすがは愛と言ったところだが、決して褒めてはいない。

 しかし唱子の素性を確かめられるのは助かる。協力しろとは言われたが、歳も学校も知らない相手では信用できない。ついでにあいつの正体も解るといいんだが。

 パソコンのディスプレイに、築山唱子の写真が映し出される。同時に、大量の文章の羅列が描画された。


「唱子ちゃんはね、私たちと同じ学年だよ。西高の二年生」


 西高か。県内でもトップクラスの学力を誇る県立の高等学校。


「美人な上に頭がいいって、かなりムカつくよね」


「……誰のことだ?」


「わかってるよね」


 ジト目の愛。


「ごめん」


「わかればよろしい」


 なんで俺が謝ってるんだ。


「身長は百五十九センチ体重は四十四キロ。ちょっと細すぎませんかねぇ」


 そんなことまで解るのか。


「自分のことを語りたがらず、ミステリアスな印象を受ける。他人を寄せ付けないような雰囲気を放っており迂闊に近づけない、と」


 確かにそんな感じかもしれない。俺の持つイメージとほぼ一致する。


「それは誰からの情報なんだ?」


「西高の子。県内の学校は全部ラブネットワークに参加してるからね。離れた場所でも正確な情報が手に入るよ」


 よくやるな。そのネットワークを広げるのにどれだけの労力を必要としたのだろう。そんな暇があるなら勉強しろよ。


「こんなもんかなぁ。う~ん。調べてみたんだけど、有益な情報は全然ないね。こんなこと初めてだよ」


 あいつの正体については分からずじまいか。

 考えてみればそりゃそうだよな。簡単に解るくらいなら、俺がこうやって女として問題なく生活できてはいない。築山から聞いたSFじみた話は、ごく一部の者しか把握していないということだろう。


 あいつは〝私達〟と口にしていた。組織ぐるみなのかね。

聞きそびれたことがいくつかある。築山の正体や目的はもちろんだが、厄介なことというのも引っ掛かる。俺が女になったから厄介な状況になったと言っていた。表裏世界に来てしまったことがまずかったとでもいうのか。


 世界崩壊の危機とか? そんな感じはしなかったな。築山は随分落ち着いていた。あいつが冷静なだけで本当はとんでもないことになっているのかもしれないが。

落ち着いている、か。

 不思議なことに落ち着いているのは俺も同じだ。ある日世界中の人間の性別が入れかわり、突拍子もないことを説明されてなお平静を保ち、それがさも当たり前のことのように受け入れている。

 これでいいのだろうか。いや、冷静に越したことはないのだろうが、少しは慌てた方がいいのではないだろうか。自分でそう思う。

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