帰路

 会計を済ませ、店から出る。唱子の奢りというのが大変ありがたい。

 陽は沈んでいた。空に星が見えないので梅雨はまだ続くのだろう。雨に濡れたアスファルトの匂いが鼻に付く。


「これからどうするんだ?」


「何もないわ。帰るだけ」


「そうか。じゃ、俺も帰るとするか。ごちそうさん」


 ひらひらと手を振り、歩き出す。


「有栖川」


 背に声がかかった。


「近いうちに協力してもらうわ。あなたにはその義務がある」


 振り返った時、そこに唱子の姿はなかった。

 捜す気は起きない。仕方なく、俺は再び帰途につく。


「なんなんだ、一体」


 梅雨の蒸し暑さが、ひたすらに不快だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る