築山唱子 2
俺は唱子との話の場に例のファミレスを選んだ。とんぼ返りするのも何だか癪だったが、ここが一番慣れた場所なので仕方ない。少し早いがついでに夕飯も済ませてしまおう。
お冷を運んできたウエイトレスはさっきと同じ人だった。なんだか気まずい。
「で、話って?」
注文も早々に、本題を切り出した。
「あなたがこちら側に来た……つまり女になったことで、少し厄介なことになってるの」
「厄介って、誰にとって? あんた?」
「世界よ」
俺はぽかんとする。いきなりスケールのでかい話になったな。
「私からの説明は後にさせてちょうだい。悪いけどまずはこちらの質問に答えてもらいたいの」
唱子は有無を言わせない鋭利な目つきで、
「あなたがこちら側に来る際に手引きした者がいると思うんだけど。それは誰?」
例の魔女っ子だろうな。
とは思うものの、考えてみると俺は彼女の名も素性も知らない。唐突に現れ挑発めいたことを言ってさっさと消えてしまった。じゃあ何て答えたらいいんだ? 誰かは知りませんが魔女のコスプレをした女の子ってか? 俺がアホみたいじゃないか。
さんざん悩んでから、
「本人は魔女っ娘って言ってた」
そう答えた。魔女っ娘なんて滑稽な単語にも唱子は表情を変えない。俺がスベッたみたいじゃねえか。
俺の口が止まったことを見た唱子は、
「それだけ?」
もちろん。俺は頷く。
彼女は息を吐いて腕を組んだ。強く主張する双丘に目を奪われるも、性的な欲求は感じない。
二の腕を指で打つ唱子。俺が何も知らないことが伝わったかな。
「背格好は?」
「小学生高学年か、もしかしたらそれより下かも。顔は帽子で見えなかった」
テーブルに飲み物が到着した。俺はアイスココア。上に浮くホイップクリームがまことにうまそうである。唱子はストレートのアイスティーだった。
「子どもなりに知恵を働かせたようだけど、おおよその察しは付くわね」
グラスを一口、唱子は窓の外を見た。
行き交う自動車と少ない人通り。雨は降り出していない。
「あんた、築山だっけ……あんたの方こそ何者だ? っていうのが今の俺の心境なんだけど」
「人よりちょっと博識な高校生とでも思ってくれればいいわ」
「ただの物知りなわけないだろ。だってよ、あんたの他に気付いた人はいなかったんだぜ? こうやって世界が変わっちまったことに」
「当然でしょう。この世界はなにも変わっていないもの」
その言葉に、俺はココアに伸ばしていた手を止める。
「どういうことだ?」
「言葉通りよ」
待て。言葉通り世界が変わっていないとはどういうことだ。世界は確かに真逆へと転化したはずだ。俺が女になり、玲於奈も女になる。御厨は女から男になった。人々の性別が転換し、名前まで違うものになっている。どこが変わってないというのだ。
唱子は俺が女になったということに気付いている。つまり、唱子自身も性別が変わったことも理解しているはずだ。それなのにこいつは変わっていないという。食い違いはどこにあるのか。
「無理もないわ」
視線をこちらに戻したやはり無表情の唱子。
「一般人は並列する世界に関して主観的な情報しか持ちえないものよ」
並列する世界。その言葉で俺はピンときた。
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