築山唱子

 その後。終始「お金なくなった」とうるさい玲於奈と別れて帰宅。せっかくなんだから、自分の裸を眺めながら風呂に入ろう。

 そんな爽やかな一時を邪魔したのは、


「有栖川魅依弥」


 自宅の扉を開こうとした俺の背中に投げられた女の声だった。

 振り向く。門の前に立っているのは、昨日と同じ、細いメガネをかけた他校の女子生徒であった。

 レンズに遮られた切長の瞳。長い一つ括りの髪。見た者を威圧するような無表情を向けるそいつは、整った目鼻立ちともあいまって女優としてデビューでもしたら途端にブレイクしそうな、異質な存在感を纏っていた。


「……誰?」


「私は築山唱子」


 メガネを押さえながら少女はそう名乗った。どこからどう見ても細身な女子高生だが、彼女からはどこか違和感を覚えた。玲於奈や愛も男から女になっていたが、あいつらのそういった違和感とは違う。


「あんた、昨日もいたよな。うちに何か用か?」


「話があるの。少し時間をくれないかしら」


 どうにも胡散臭い。というよりか、どこからどう見ても怪しすぎる。いきなり現れて話がある? こっちにはねぇよ。

 警戒を解かず、女を凝視する。


「何の話?」


「大事な話」


 そう言えば、昨日も何か言っていたな。


「どうやってこっちに来た、ってやつか?」


 女は首肯する。


「覚えていてくれてなによりよ。ついでに場所を移して話を聞いてくれるとさらにありがたいんだけど」


 さてどうするか。今までならそう深く考えることもなくついていって話もしただろうが、今の俺は女。のこのことついていって取り返しのつかないことになりでもしたらもうお嫁に行けない。

 花の占いで言われたことを思い出す。訳の解らないことを言う怪しい奴とは関わるなと言っていた。あの占いを完全に信じたではないが、警戒することに越したことはないだろう。


「悪いけど――」


 ここは断るのが賢明。俺は謝絶の意を表して家の扉を開く。


「知りたくない? 自分がどんな方法で女に変わったか」


 手が止まった。ドアレバーを見つめたまま、俺は目を見開く。

 昨日今日、この世界の変化に気付いた者はいなかった。少なくとも俺の周りには。玲於奈も愛も、他のクラスメイトでさえも性別が逆転したことについて何も触れなかった。念のため普段は見ない新聞やニュース番組もチェックしてみたが、芸能人の性別が変わっていたこと以外気になることもない。つまり、それが普通だってことだ。


「なんで、知ってる?」



 振り向くこともなく尋ねる。


「それも含めて話すわ」


 怪しい。怪しいが、俺の中で好奇心が警戒心を踏み潰していく。このまま何も解らないまま女としての人生を続けるより、何らかの知識を持っている方が良いに決まっている。ただで教えてくれるというなら聞かなければ損だ。

 ドアから手を放すと、ひとりでに扉が閉まった。


「場所は俺が決めても?」


「かまわないわ」


 それならまぁ安心か。

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