病院にて 2

 玲於奈と御厨の間には恋愛感情があるのかそうでないのかという話題が一段落ついたあたりで、


「私、占いが趣味なんですよ」


 花が脈絡のないことを言った。

 花くらいの歳の女の子ならば、占いのような神秘的なことが好きなのも珍しいことではないだろう。


「よかったら、みぃやさんの運命を占わせていただけませんか?」


 占いなど微塵も信じてなどなかったが、例の魔女っ娘の件のせいで信じる気持ちも生まれている。せっかくだからやってもらうのも悪くない。などと思いつつ、


「じゃあ、お願いしようかな」


「はい、喜んで」


 花はポケットから手帳を取り出す。そこから紙を二枚ちぎり、手帳に挟まれていた鉛筆と共に机の上に置いた。


「まず、紙とペンを用意します」


 そう言って花は鉛筆を持つ。

 紙片の一枚を花、もう一枚を俺の前に持っていき、


「次に、紙の真ん中を中心に螺旋を描きます」


 ぐるぐると、慣れた手付きで紙に書き込んだ。整った螺旋ができあがっている。

 それから複雑な線を描いたり難解な文字を書いたり、とにかく意味の解らない作業を淡々とこなし、俺も花の手順を模倣して奇怪な紋章ともとれる前衛的絵画を描きあげた。

 なんだこりゃ。


「完成しましたね」


「したけど」


「少し失礼します」


 花は俺の紙切れを取ると、食い入るように見つめ始めた。


「……なるほど」


 花がうなずく。占いの結果が出たようだ。持っていた紙を置き、視線をこちらに向ける。その瞳は冷ややかで、にしては慈しむような表情だった。


「みぃやさん」


「なに?」


「ちょっとまずいかもです」


「なにが?」


 わずかに逡巡するような仕草を見せてから、花は顔を寄せて静かに口を開いた。


「近く、悪意のある人が現れます」


 不穏なことを言う。これ以上ないほどの真摯な態度で。


「みぃやさんによくないことが近づいていますから、注意するべきです」


「はぁ……」


 注意ねぇ。そう言われても、具体的な内容が解らないことには対処のしようがない。近づく人間すべてを警戒していたらそれこそキリがないって。


「ご心配なく、内容は把握しています。みぃやさんに迫る危機。それは、ある者が運んでくる不幸です」


「ある者?」


「はい。さすがに人物の特定はできませんから、誰に注意しろとは言えませんけど」


「特徴とかは解ったりしないのか?」


「……そうですね」


 花は俺の描いた不可解な紋章を睨み付ける。


「いきなり現れて、訳の解らないことを言う人、かも」


「漠然としてるな」


「占いなんてそんなものですよ」


 微笑む花につられて俺も笑ってしまった。それを自分で言うのか。


「でも、危険が近づいているのは間違いないです。これは断言できます」


 人差し指を立てて念を押してくる。


「危険を回避する方法は、あるんだよな?」


「それはもちろん。怪しい人、とりわけ意味不明な話をしてくる人間には関わらないことです。向こうから接触を図ってくるとは思いますけど、適当にあしらって話を聞き流してしまいましょう。それで大丈夫かと」


 なるほど。普段と同じだな。小難しい儀式とかお祓いとかでなくてよかった。所詮占いだ。俺の中での信憑性は限りなく低い。花には悪いが、こんな誰が描いても同じような形になる紋章で一体なにが解るというのか。


 朝のニュース番組でやっている占いコーナー。星座ごとにその日の運勢を発表とかしているのだが、まず当たったことがない。あれだってプロの占い師が占っているはずなのに。


「あ。信じてない顔ですね」


「え? そんなことないけど」


 占いを頼んだ手前、信用してないとは言いにくい。花を傷つけてしまうかもしれない。それだけは避けたい。


「ほんとですか? ちゃんと信じてくださいね? 私はみぃやさんのためを思って言っているんですから」


「わかってるわかってる」


 花の頭をぽんぽんと叩く。そんなことをされて喜ぶ歳ではないだろうが、花は素直に笑ってくれた。和む。


 それから、見舞いを終えた玲於奈がフリースペースに乱入してくるまで、俺は花と共に心休まる至福の時を過ごした。

 占いの結果は、頭の隅にでも残しておこう。

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