病院にて

 放課後。玲於奈との約束どおり病院に来たわけだが、見舞う相手のいない俺にとっては暇でしかない。


 玲於奈は「せっかくだから」と御厨に会うことを勧めてきたが、気の置けない男女二人の仲に割って入るのもどうかと思ったので遠慮しておいた。特に話すこともないし。いい奴だというのは間違いないんだが、特徴に欠けるというか存在感が希薄というか。どうして玲於奈と馬が合うのか、不思議でならない。


 廊下の壁に背を預けて待っている今も、病室の中からは楽しそうな話し声が聞こえてくる。別に待つこと自体はやぶさかではないのだが、こうして何もせず待っているだけだと退屈で仕方ない。

 暇つぶしに売店にでも行こうとした、その時だった。


「あ……」


 病室の扉が開かれ、一人の少女が出てきた。小学生中学年くらいだろうか。少女は俺を見てぽかんと口を開けている。なんだろうか。


「あの、おにいちゃんのお見舞いの方ですか?」


 どうやら御厨の妹らしい。病室の中からは談笑が続いている。


「いや、俺はただの付き添いだよ」


「あ、玲於奈さんの」


「そうそう」


「噂のみぃやさんですね」


「そうだけど……」


 噂って何だ。


「みぃやさんのことは、先ほどおにいちゃんと玲於奈さんの会話で。お話に違わず、とてもお綺麗ですね」


「あー」


 そう言ってもらえるのはうれしいが、複雑な感じだ。なにせ中身は男だからな。


「そうだ」


 少女は眠たげな瞳を俺に向けてぽんと手を打ち、


「もしお時間があるなら、少しお話しませんか?」


 暇を持て余していたこれからすれば、願ってもない話だ。

 提案を快く承諾し、会話のできるフリースペースに向かう。いくつかの机があり、自販機も備えていてのんびりできそうな場所だった。俺たちは隅っこの机につく。

 少女は花と名乗った。


「私、今日初めて玲於奈さんにお会いしたんです。ずっとあの人にお会いしたいと思っていたのでラッキーでした」


 そりゃまた物好きな娘もいたもんだ。

 俺はジュースのストローをくわえながら花の話に耳を傾ける。


「昔からおにいちゃんに聞かされていたんです。玲於奈さんのこと。とても優しくて頼りがいがあって。最高の親友だって、おにいちゃんは言っていました」


 なんか、えらく美化されているような気がする。そんな大層な奴ではない。何かと酷い言動をするし、大雑把だし。言うなれば悪友だな。まあ、男の時の話だが。

 とはいえ、悪友の玲於奈と、今の大人っぽい美女の玲於奈が同一人物であるとは、未だに信じられない。どこがどう変化すれば、あの姿になるのか。まあ、それは俺自身にも言えることだろうけど。


「さっき初めてお話したんですけど、なるほどって思いました」


 楽しそうに話す花の姿に、俺も無意識に顔をほころばせていた。この娘の淡い夢を壊してやるのも気が引ける。


「ちょっと子供っぽいところもあるけどな」


「ふふ、わかります」


 それからも話は盛り上がった。学校の話、友人の話、どこのスーパーが安いとか、最近の流行についてなど。初対面の女の子とこうも話が続くとは、正直なところ意外だった。

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