謎の女

 家の前に誰かいるようだ。

 あの魔女っ娘かと思ったが、背丈からすぐに違うとわかった。赤い傘を差した一人の女が、俺の家を見上げている。高校生だろう。どこの制服かはわからないが、紺のスカートに白いブラウス。

 近づいてみると、女の容姿がはっきり見えるようになった。長い髪は一つ括りにされており、レンズの細い眼鏡をかけている。俺の存在に気付いた少女は、眼鏡の下の黒曜石のような瞳を俺に向けた。

「うちに何か用か?」

 俺が言うと、女はわずかに眉を寄せる。そして、俺の頭から足下までをじっくりと観察してから、

「あなた、どうやってこちら側に来たの?」

 いきなり訳のわからないことを言い出した。

 俺は首を傾げざるをえない。

「えっと……」

 こちら側ってどちら側だ。

 少女は金運アップの宣伝広告で紹介されている壺を見るような目つきで、俺の腹あたりを見る。悪いがそこにはくびれしかないぞ。少し上に行けばいいものが二つくっついてるが。

「そうね」

 独り言のように女が呟き、傘の持っていない右手を持ち上げる。掌を上にして差し出すように。

 何だ? お手を拝借ってやつか?

「あたしの手の上に、何か見えない?」

 何も持っていないくせに変なことをいう奴だ。

 とか思いつつも律儀に見てみる。うん、そりゃ何もない。目を細めようと凝らそうと何も見えてこない。

「なにも」

 一言で返した。

 女はそう、と手を下げる。

「失礼したわ」

 それだけを残し、女は背を向けて去っていった。

 呼び止めようとも思ったが、呼び止めて何をするんだと気付き、結局彼女の後ろ姿を見るだけに止まった。

 昨日の魔女っ娘に続いて今日は見知らぬ女。怪しい人物ばかりだな。今の俺は女なんだし、少しは警戒心を強めたほうが良さそうだ。そんなことを考えつつ、俺は自宅の扉を開いた。

 この時の俺は、女になったことを素直に受け入れていて。

 今はまだ、変わらない日常の一つに過ぎなかった。

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