いつもの朝、いつもの教室 2

 愛がついてきた。


「ねね。玲於奈はまだ来ない?」


「そろそろ来るんじゃないか?」


「なんで今日は一緒じゃないの~?」


「ぶっちぎってきたから」


「ふーん? 早く来ないかな~」


 頬を膨らませてぶーぶー言う愛。ふむ、こうして見てみると愛はとても小さい。男だった時も小柄な奴ではあったが、女になってさらに縮んでいる。見たところ、百四十センチ前後。今の俺より二十センチほど低い。なんか妙にかわいいんだが。


「そんなに玲於奈が恋しいか」


「いやー、やっぱり三人揃うといろいろやる気が出るっていうかさ~。三人寄れば姦しいって言うしね~」


「それを言うなら文殊の知恵だろ」


 無邪気な笑顔で言う愛に、俺は溜息を吐く。女になっても言ってることは変わらないんだな。

 流石は俺達のムードメーカーである。なんとなく愛の頭を軽くはたく。一度二度と言わず。はたく度にあうあうと声を漏らすのが面白い。

 やばい、かわいいかも。他の奴らは知らんが、俺の心は男のままだ。なんか変な趣味に目覚めそう。


「なにニヤニヤしてんの。気味悪い」


 いつの間にか、隣に玲於奈が出現していた。

 さて、現状を見てどうだろう。俺たちの性別が逆になっているということを除けば、さほど違和感は無い。いつもの朝の風景。特に変わったことも見当たらない。

 周囲を観察してみても、俺以外は性別が逆転したこと自体にさえ気付いていないように見える。やはり世界がおかしくなったのか。誰一人として性別の事に触れていない。玲於奈に貸してもらったゲームの中に同じような話があったな。主人公の精神だけを取り残して世界は改変された、とかなんとか。


 いや、そんな事はどうでもいい。問題はなぜ俺だけが気付いているのかということ。考えられるのは、やはりあの魔女っ娘か。あの娘に関わったことで、俺の記憶は保たれた。この世界の変化があの魔女っ娘の仕業なのだとしたら、彼女が意図的に俺の記憶を残したと考えるのが一番しっくりくる。


 ありがたいといえばありがたいが当然の事でもある。男だった俺が女になった、という実感が得られなければ女になったって何の意味も無いのだから。そこのところ、あの魔女っ娘はよく解っているようだ。


「あ、そういえば今日英単語テストじゃなかったっけ?」


 愛のその言葉に、思考を止めた。俺の通う時沼高校では、朝のHR時に曜日ごとに定められた教科の小テストが実施されるのだ。


「うわ、そうだったっけ。私一個も覚えてないよ」


 玲於奈が焦る。確かにテストの範囲は決して狭くはない。だが、間に合わない量でもあるまい。俺がおもむろに英単語帳を取り出すと、


「あ、サンキュ」


 どこがどうサンキュなのか、玲於奈は俺の単語帳を掠め取ると自分の席に持っていってしまった。おーい。


「あはは。どんまいだよ、みぃや」


 なにがどんまいなものか。

 結局、女になってもやってることはあまり変わらない。少なくとも表面上は。

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