いつもの朝、いつもの教室
やっぱり、と言いたいところだが、現状を目の前にしてそんな言葉は出てこない。
クラスメート全員の性別が、逆転していた。
ある程度の予想と覚悟はできていたが、頭で想像するのと実際目にするのとでは、インパクトが違いすぎる。事実俺は教室の入口で立ち尽くしていた。我ながら間抜けな顔をしているに違いない。
この様子だと、全校生徒や教師の性別も変わっているのだろうか。もしそうならば、おそらく全世界の人間も同じく。
「みぃや、おはよー」
明るい声が届き、俺は眼前の現実に目を向けた。こうやって毎朝元気な挨拶をしてくれるのは決まっている。
沢野友。玲於奈と並び、友人の中では最も親しい奴の一人といえる。こいつも女に変わっていた。
ぱたぱたと手を振る姿を見て、俺はなんとも言えない気分になった。玲於奈に引き続き、男の友人がある日突然女になる。うーむ、どうしたものか。いや、俺自身が女になっていることが一番の懸念事項なのだが。
「ぬむぬむ? みぃや、どうしたの? いつもみたいな覇気がないよ」
いつもの俺に覇気があるのかは疑問だが、日常の勢いがないことは認めよう。自分でも驚くほど混乱しているからな。
「悩みがあるならー、この愛ちゃんが相談にのってあげるよ!」
ピクリと俺の眉が反応した。
どういうことだ。いや、相談云々ではない。こいつの名前は沢野友のはず。だが、本人の言う限りでは、女になったこいつの名は、
「愛?」
「なになに? はたしてどんな悩みを抱えてるのかな。まさか、恋の悩みだったりして! きゃー! みぃや大胆ー!」
俺はやかましい友人を無視し、急いで教壇に向かった。教卓の上に置いてある生徒名簿を開き、目を走らせる。
出席番号一番。一番上の生徒。
有栖川魅依弥。
俺の名前は変わっていない。
よし。か行の二人目。
京見玲於奈。見るまでもなかったな。
重要なのは次だ。恐る恐る、さ行の欄を披見する。
沢野愛。
これはどういうことだろう。性別が変化に対応して名前までが変わっている。俺と玲於奈は変わっていないというのに。いや、違う。他の生徒の名を見れば解るが、変わっていることがおかしいのではない。変わっていないことが不自然なのだ。
「どしたの?」
俺の隣で、愛が不思議そうに目をしばたたかせている。本人に自覚はない、か。
「うーん……」
俺は頭を抱えた。比喩表現ではなく。
「ボクに言えないような悩み?」
「いや、悩みとかじゃなくてだな」
ある種そんなものよりもっと重大というか。とりあえず俺は席につくことにした。考えなきゃならないことが山ほどある。
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