魔女っ子あらわる 3

「ん? みぃやじゃねーか」


 不意に、声がかかる。

 背中に降った聞き慣れた声に、思わず振り向いた。


「玲於奈」


 我が幼馴染みが、ポカンとした顔でそこに立っていた。愛用の黒い傘を差している。


「いつの間に来たんだ? 何か用か?」


「いや、さっぱり」


 俺にも何が何だか。

 玲於奈はあからさまに眉をねじ曲げる。


「何だそりゃ? もしかして、わざわざ走って回り込んで来たのか?」


 俺は首を横に振った。そんな面倒なことはしたくもない。

 そこで、俺は視線を例の魔女っ娘に戻した。この娘の仕業、なのか?

 玲於奈が少女に反応する。


「その娘は?」


 いや、さっぱり。


「ふーん」


 玲於奈は魔女っ娘をじろじろと胡乱な目つきで眺める。


「はじめまして」


 魔女っ娘は優雅にお辞儀をしながら言う。帽子の下に笑顔を想像させる明るい声色だった。

 玲於奈は小さな魔女に目線を合わせる。


「おお。すごいなーこの衣装。魔女っ娘か。よくできてる」


 大体の感想は俺と同じだった。


「みぃやの知り合いか?」


「だから俺にもさっぱりなんだって。さっき出会ったばかりだよ」


 そして今、変な体験をしている。


「ん? なんだよそれ。じゃあなんで俺の家の前に来た?」


 俺は首を振る。それもさっぱり解らない。

 と言うわけで俺は帰る事にした。ちびっ子のお遊びには付き合っていられない。精神的に疲れた。さっさと帰って休もう。

 俺が魔女っ娘を置いてその場を立ち去ろうとすると、


「お待ち下さい」


 呼び止められた。


「まだお話は終わっていません」


 冗談にしては真剣過ぎる声。正直うんざりした。


「何なんだよ」


 再び振り向く。今だ顔も見せようとしない小さい魔女と、その隣に、何があったのかと目を丸くして俺たちを見ている玲於奈。


「あなたの望みを叶えて差し上げましょうと言っているのです」


 少女は淡々と言う。


「できもしない事を口にするもんじゃない」


「まだ仰るのですか?」


 玲於奈は俺と魔女っ娘を交互に見ている。


「随分と弱い頭をお持ちのようですね」


「何だと!」


 目の前が赤くなった。もう我慢ならない。


「ちょ、ちょっと待てって!」


 語気を荒げ、一歩踏み出した俺を、玲於奈が止めた。俺の腕を掴み、真っ直ぐ見上げてくる。


「どけ」


 玲於奈は、はっきりと拒否を示す。実にこいつらしい行動だった。


「どうしたみぃや? 何があったか知らないけどよ、大人げないぞ」


 正直、自分でもどうしてこんなに苛立ち、怒っているのかわからなかった。おそらく、さっき目にした非現実的な現象が、俺を混乱させていたのだと思う。


「わかったよ。もういい」


 俺は玲於奈を手で制し、目の前からどける。そして凛として佇む魔女っ娘に目を据えた。


「俺を女にしてみろ。出来るもんならな」


 少女の帽子で隠れた顔が、一瞬、微笑んだような気がした。

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