魔女っ子あらわる

 これは昨日の話。


 下校中。あの自称魔女っ娘が現れたのは、玲於奈と別れてすぐのことだった。強くも弱くない雨の中からどうやって出てきたかも解らないうちに、その少女は俺の目の前に立っていた。


 肩から垂れた漆黒のマントに、小さな体に不釣り合いな程の大きなコーンハット。マントの中は普通の服だが、確かにそれは魔女の装い。ただでさえ鍔広帽子を深くかぶっており、さらにそれを見下ろす形となるので顔は見えない。ミニスカートから伸びる細く白い脚が、女の子であると告げていた。


 違和感溢れる格好と不思議な登場の仕方に、俺は自分自身の目を疑った。だが、いくら瞬きをしてみても、目を擦ってみても、その小さな魔女は俺の目の前から姿を消さない。

 何が起きたか理解できず身を引いた姿勢の俺に、少女は声を紡いだ。


「こんにちは」


 小学校高学年くらいだろうか。声の質から、そんな印象を受けた。


「あなたの願いを叶えに来ました」


 訳が分からなかった。何の事を言っているのか、さっぱりだ。


「はあ……」


「女性になりたいと、思っていらっしゃるでしょう?」


 驚いた。加えて恥ずかしかった。何で知っているんだ。

 確かに、軽い気持ちでそんなことを考えたことはある。女の方が毎日楽しそうだなとか、服が安くて助かるだろうなとか。

 俺は男であることに誇りを持っているし、ちゃんと女が好きだ。


「その望み、私が叶えて差し上げます」


「ちょっと待ってくれ」


 ようやく頭が回り始め、俺は手で制止をかけた。


「なんなんだよキミは。俺をからかってるのか?」


 強めの言葉にも、少女に動揺の様子は見られない。


「からかってなんかいません。ご覧の通り。ほら、魔女っ娘です」


 マントを広げ、至極明るい声でそう言った。


 なんだか微笑ましい気分になってきた。


「そんな遊び出来るのも、君の歳くらいまでだもんなぁ」


 魔女のコスプレをした少女をまじまじと観察し、少しばかり感嘆してしまう。ハロウィンはまだ先だが。

 その魔女の衣装、良くできている。素人の俺が見ても上質の生地を使っているのだと分かる。着こなしから見て作りだってしっかりしている。手作りだろうか。

 だが、その見事な装束も雨に濡れては仕方が無い。


「風邪ひくぞ。早く家に帰り――」


「私のしている事を遊びだと言うのなら」


 俺の言葉を遮り、自称魔女っ娘は言う。先程とは打って変わり、淡々とした感情のない声だった。


「説明して下さい。私が、どうやってあなたの前に現れたか」

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