第17話

 ユーイチは宿まで1人、トボトボ歩いている。まさか自分が犯罪者予備軍、いや犯罪者になってしまうとは。


『ユーイチさん。安心してください。この世界に食べ物を無理やり食べさせて、その事で捕まる法律は、現在確認されていません。』


「でもさ、日本でやったら捕まるんだ。夜道に女性を追いかけて、無理矢理食べ物を口に押し込むって行為なんだよ。」


『大丈夫です。目撃者はジルさんだけですので。』


「大丈夫じゃないからね!?ジルさんを消さないよ!ダメだからね!?そういえばマモリちゃん。話しがスムーズになったね。何かあったの?」


 話を変えようと話しかける。


『先ほどのユーイチさんの奇行を止める際に、融合体であるユーイチさんを攻撃すると言う判断について、ナノ君と話し合っていた最中に、何かが変わりました。』


 話しが戻った。奇行って言われた。まぁ仕方がない。


「それでナノ君はどうしたの?あれ以降、メッセージが無いんだけど。」


『ナノ君は現在、ユーイチさんを止められなかった。抑止に最後まで反対していた自分が、正しい結果を残さなかった事に対して反省をしています。』


「いやいや!ナノ君?君は悪くない。悪いのは俺だから。ごめんよ。俺が悪かったんだ。嫌だよね。止める為に傷つけるなんてさ。」


 すると、いつもより小さい文字で返事が書かれる。


 《ナノ君。役。たたず。》


「そんな事ない!ナノ君とマモリちゃんが居なかったら、俺なんて生きてられなかったんだから、十分すぎるほど役に立ってる。むしろ、俺が2人にお返しをどうしていけば良いか迷ってるくらいだよ。」


 《本当。?。》


「本当だとも。マモリちゃん。ナノ君に嘘ついた事があるかい?マモリちゃん。心拍とかで俺が嘘をついている時と、ついてない時の差は無いかな?」


『嘘のデータがありません。』


「それなら、これでわかるかな?『今日の夕飯はうまい。』『今日の夕飯はまずい。』どうかな?」


『データを確認。ナノ君。私達に役に立っていると言っているのは私のデータからも証明されました。安心してください。』


 《良かった。安心。した。》


 そんな事を話していると、宿まで辿り着く。


「後は言葉で喋らないけど、ちゃんと2人にも感謝してるし、これからも仲良く一緒にやっていきたいと思ってる。日本に帰っても一緒に居たい位、君たちを頼りにしてるよ。」


『私も同じです。人類殲滅より、現在の優先度は食事や2人と話す事にあります。』


 《ナノ君。も。辛い。食べ物。好き。》


 また始まった、食べ物の好みについての議論。いや討論。


『人間には、脳を活性化させる為の物質である糖分が必要不可欠です。』


 《僕達。AI。》


『そんな人間であるユーイチさんと融合した私達にも、糖分は必要と判断します。あの幸福感はAIでは感じなかった感覚です。』


 《ナノ君。辛い物。同様。刺激的。》


『精神的ダメージの入る食べ物には、私は賛同出来ません。』


 《ナノ君。甘い物。賛同。甘い物。良い。辛い物。良い。》


 そんな会話を聞きながら宿に戻ると、ゴワイルは酒で潰れて寝ていた。クリミアちゃんは椅子に座ってボーッとしていたが、ユーイチを見るなり近づいて来た。


「ユーイチさん。お父さんが飲んでたお酒。あれなに?お父さんがお酒で潰れちゃったの初めて見たんだけど。」


「あ〜。あれは摩訶不思議なお酒さ。(本当は度数40%位だった気がするウィスキーだ。)」


「お父さんはユーイチさんの事を待ってたんだけど、酔い潰れて寝ちゃってるし。しょうがないから、今日は泊まる事にします。重いから部屋まで運んでくれませんか?」


「そうだね。それじゃ運ぼうか。部屋はどこだい?」


 ゴワイルをお姫様抱っこして、クリミアちゃんの後についていく。それをルークは唖然として見てしまった。

 その運び方が、この世界で新郎が新婦を家まで運ぶ時しか使わないやり方である事を。

 それを後日、ルークの奥さんと子供に話してしまい、話しが面白おかしく変化して村で広がる事になる。『ゴワイルがユーイチに抱えられて部屋に入って行った。』と。


 そんな事を知る由もないユーイチは、ゴワイルを部屋のベットに下ろすと、クリミアちゃんに寝る前の挨拶をする。


「それじゃ、明日また忙しいと思うけど、よろしくね。もしかしたら夜中に声をかけるかも。」


 クリミアちゃんは怪訝な顔をして聞いてくる。


「夜中に何かあるの?」


「あぁ。馬車の元の持ち主が盗みに来たら捕まえるから、その時に証言して欲しいんだ。『優しく捕まえた。』とね。」


「...相手はオークより柔らかい事を忘れないでね。」


 ゴワイルから、オークの倒し方を聞いたんだろう。笑顔で黙って、手を振って部屋から出る。


 すると食堂は移動すると、ジルさんが椅子に座っていた。


「お待たせしてすみません。ジルさん。まずはお金を。ってヤバい。ルークさんに宿代やら部屋代をまだ渡してませんでした。ちょっと待っていてください。」


 急いでルークさんのいる厨房に近づき、謝罪する。ルークさんは笑いながら、大丈夫ですよ。後払いですから。と言ってくれた。


 ルークさんにはこの後、盗人が荷馬車を取りに来る気がするから、来たら部屋の窓から飛び出す可能性がある事を伝えて、ユーイチは窓のある2人部屋を頼む。


 そこでジルさんと契約の話しがしたい事を伝えて。


 ちなみに料金は一泊素泊まりで1人銅貨40枚。2人部屋で70枚。食費は1人1食銅貨20枚との事。明日の朝食の分も合わせて銀貨4枚と銅貨30枚との事。

 部屋の鍵を貰って、ミリィちゃん達の隣の部屋に行く。

 先に部屋に入ってから、ジルさんが部屋に入ってくる。そして扉が閉まったらユーイチは綺麗に土下座をする。


「この度は申し訳ありませんでした。」


 頭の上から、ため息が聞こえる。


「わかりました。謝罪は受け入れます。ですが契約で縛らせて頂きますからね。」


 ユーイチは立ち上がると、リュックから銀貨を1枚取り出して渡す。


「...確かに。それじゃ、改めて確認するけど、内容は『お互いに今日一晩、話す事に対して必ず真実を語る事。そして、今日の会話内容について他人に話す事を禁ずる。』で良いわよね。」


「はい。大丈夫です。」


 ベットに座りながら、ジルさんは羊皮紙にサラサラと書いてサインをする。俺も確認するが、問題は無いので、サインをする。

 すると羊皮紙は燃え上がり、親指の付け根に絡まった糸のような物がくっつく。アザ二つ目だ。


「さて、話してもらおうじゃないの。なんで貴方は魔法を使ってるわけでもないのに刺されて傷付かないの?貴方は何者?」


「今から話す事は突拍子も無い話しですが、真実です。」


 そして語り出す。地球という魔法の無い世界で生活していた事。何者かに連れ拐われて、乗っていた乗り物や食料とかと混ざっていた事。謎の銀髪の少女が俺とマモリちゃん。ナノ君を融合させた事。


 この世界に転移させる為に、死んだ肉体と融合させられた事。その死んだ肉体の持ち主は多分、隣の部屋で寝ているミリィちゃんとレオン君のお兄さんである事。


 魂は感じず、だけど気持ちは残っている為、彼らを守りたいと思っている事など色々と喋った。

 言わなかった事は「殺戮AI」と言う事だけだ。さて、つい喋ってしまっているが、俺もストレスで喋ってしまっているんだろうなぁ。と自分で思う。


 ジルさんには悪いけど、ナノ君に頼んでこれから監視対象だ。喋ろうとしたらナノマシンを使って黙って貰おう。


 そんな事を考えていると、ジルさんは籠からさっき渡したウィスキーを開けると、直接飲み始めた!あ、吹き出した。咳き込んでるなぁ。だから強い酒だって言ったのに。ラッパ飲みなんてするから。


(ナノ君。ジルさんの口とか鼻から出てるお酒をナノマシンで綺麗ににしてあげてくれる?)


 すると、吹き出されて汚れた衣類が綺麗になる。


(ありがとね。いつも助かります。)


 咳込みの落ち着いたジルさんが、ユーイチを睨みながら言ってくる。


「アンタ、知らない世界に放り込まれて、なんで平気なのよ?契約が破棄されてないって事は、間違いなくアンタは今言った言葉は、真実かどうかはともかく、『真実だと思って話してるわね。』。」


 睨まなくて良いんだよ?ジルさん。ユーイチは普通に答える。


「知らない世界に放り込まれる物語が、散々あったし、空想だけど知識があったからな。

 マモリちゃんとナノ君が居るから、とりあえず安心して生活してた。でもストレスがあったみたいで、さっき爆発したようです。すみませんでした。」


「もう一度聞くけど、エルフに関して知ってる事はそれが全てなの?」


「あくまでお話でしか知らないから、君に該当するか判らない。だって世界すら違うんだから。

 この世界にナノ君とか居ないでしょ?試しに俺の持ち物で分解してみる?壊れちゃうけど、ジルさんの持ち物でもいいですよ?」


 ジルさんは籠を漁ると屑貨を1枚出した。


「それじゃ、試しにこれをぶんかい?してみて。」


「ナノ君。お願い出来る?」


 ジルさんの指に摘まれた屑貨が、空中に浮かぶと、ポロポロと崩れ去り消えた。


「だから、俺は打撃とか刃物で傷付かないし、傷付いたとしても死ぬ事は無い。首や身体が無くなったとしても、ナノ君がいるから復活すると思う。寿命に関しては判らないってのが現状かな。

 今の目標は美味しい物を食べる事。2人の兄弟を無事に育てる事。あと、約束の1年間はこの村の為にほどほどに働く事かな。」


 ジルさんは焦った顔で言う。


「あ、あんた魔王とかじゃないわよね?」


 その言葉にユーイチは笑いながら答える。


「そうしたら、ジルさんは魔王のお腹を何回も刺した勇者ですね。残念ながら元の世界では怪我した人の世話をする仕事をしていた位で、平凡な一般人です。

 殺しも、オークをやるまで1度もありませんでした。多分、精神面はウォル君の影響でモンスターとなんとか戦える感じかな。初めての戦闘では震えてたし。ビビっていたよ。」


 ジルさんはお酒に手を出そうとするので、手で止めてニヤリと笑う。


「せっかくだ。ナノ君の素晴らしき力。俺のキャンプでやろうとした、酒盛りを楽しんで貰おうかな。」


 そんな秘密の会話をしながら、ユーイチはマモリちゃんに頼んで、キャンプに持参していた酒やつまみを大量に出してもらう。

 そんな秘密の会話をしながらの酒盛りが始まるのであった。

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