12. 不運は伝達するらしい
「――ここは」
眩しい。うるさい。無臭。腹減った。上にあるのは布団?
目が覚めると同時に、あらゆる情報が俺の頭の中をめぐる。だが、そんなことよりもこの一言が突発的に出てしまった。
――ここはどこなのだろうか。
いや、考えなくてもなんとなく察せる。この下から響く頭の割れそうなおっさんたちの声には、どう考えたって聞き覚えがあった。
「宿屋……ギルドの宿屋か」
「ピンポーン! 大正解ね、ヘージ」
隣を見ると、見覚えのあるテンプレ魔法使いの恰好をした彼女が隣に座っていた。
周りを見渡すと、自分がいるベッドのほかに机や棚があり、窓を少し開けているのか、白いカーテンがゆらゆらとなびいている。
どうやら本当に宿屋の一室みたいだ。防音性に関しては相当手抜きしているようだったが。
「俺はどのくらい寝てた?」
「丸一日はグッスリだったわ。あんたをここまで運ぶのにも苦労したんだから。途中ごろつきに目をつけられたり、犬の糞を踏んだりして大変だったのよ?」
「本当に不運だな……」
どうしてそれで俺が無事なのか不思議でならなかったが、こうして五体満足で起きられたのだから良しとしておこう。
「それでも、ここまで苦労してよかったわ。じゃーん! 見てよこれ!」
彼女が前にかがむと、ごそごそと何かを取り出し始めた。多少胸元が見えているが、見なかったことにしよう。
少しして出てきたのが、丁寧に木彫りされた艶のある杖だった。素人目にはよさそうな杖程度にしか見えないが、ウィザードの彼女が使うのだから、相当いいものに違いない。
「クエストクリアの素材と、今回の報酬金で買っちゃった! これでまともに魔法が使えるようになるわ!」
「ってことは、もうあんな失敗はしなくなるわけか」
クエスト中の彼女の魔法は、すごいと言えばすごかったが、炎が風で搔き消えたり雷ボールが明後日の方向に飛んで行ったりと、どうにも恰好がつかなかった。
それが改善されるのなら、とても喜ばしいことではあったが。
「え? 魔法の威力が上がるだけよ? だってあの失敗は全部私の不運が原因だもの」
「うん、なんとなくそう思った」
まあそりゃそうである。こっちも期待薄の興味本位で聞いただけなので、別に何とも思ってはいないが。
それよりも、魔法の威力が上がる方が問題あるのでは? あれよりも高火力の魔法を撃たれると、不運と組み合わさってどんな被害を招くか予想できない。
せっかく苦労して手に入れた杖だが、早急に捨てて欲しいと思ってしまった。
「――本当に、ありがとう」
「もうやめてくれ。感謝されるのは慣れてないんだ」
いったい何度彼女からありがとうをもらえばいいのだろう。
気が強いイメージが先走ってしまうが、彼女本来の性格はかなり義理堅い。一緒にいると、とことん本質は自分と真逆の人間なんだなと思わせられてしまう。
「それでね。これからのことなんだけど、あんたはどうするの?」
「――どうする……か。家を追い出されて家族の縁もバッサリ切られたし、もう戻れないからなぁ」
「あんた一体実家で何したのよ……」
「何もしてないんだけどな~」
『何をしたか』と問われれば『何もしてない』というのが正解だ。
本当に俺は無実だし、マジで何もやってない。
これからのことにため息が出そうになるが、今は残りの財産と相談しながら行き先を決めようと思い、懐にしまってあった親の恩情に手を伸ばす。
――しかし、
「あれ? ない……ない!! 俺の金がない!!」
「え、ど、どうしたの?」
「俺の九万ルピカ入った封筒がどこにもないんだ!! ちゃんと懐に入れておいたはずなのに……」
ギルドの会員カードを作るとき、確かに俺は自分の懐に入れておいたはずだ。
戦闘中に落とした? だとしたら今すぐ戻って草の根分けてでも探さないと、俺の死に直結する。
最悪、ナノの魔法で森を燃やしてでも見つけないと。あ、でもそれじゃあ金まで燃えるか。
「クエストをやった場所に急ぐぞ! もしかしたらあそこで落としたのかも」
「――あ」
今すぐ起き上がろうと、布団に手をかけ立ち上がろうとした時だった。
まるで何かを思い出したかに様に声を上げ、思い出したことを言いずらそうに目線をこっちからそらす。
このわかりやすい反応。間違いない。こいつ何か隠してるな?
「おい」
「――――」
「無視するな。今すぐここで大声で泣くぞ。今なら泣いても誰も文句言えないんだからな?」
九万消失したのだから、流石にこれは泣いてもいいと思う。
実際今も涙腺が崩壊する一歩手前だ。あともう一言暴言を浴びたら一気に決壊する。
「えっと、ヘージを運んでるときに、ごろつきに追われてたって言ったでしょ? その時、後ろで何か落ちる音が聞こえたんだよね。それで、ちらっと横目で見たの。軽い……白い……封筒を」
どうして俺を運びながらごろつきに追われて無事なのか理解できた。
こいつ、ごろつきから逃げてるときに俺の九万ルピカ入った袋を落としやがったんだ。
本来ナノが受けるはずだった不運を、意図しないまま俺が肩代わりする羽目になってしまったが、その代償があまりにも大きすぎる。
「そうだ! 今回の報酬は? あれだけ頑張ったんだ、きっとそこそこもらえて」
「――はい」
努力をしたのなら、それ相応の報いがあってもいいはずだ。むしろこれだけ悪いことが起きたのだから、なきゃ本当に泣く。
しかし、彼女から手渡されたのは、銀の硬貨が一枚のみ。
「――百ルピカ」
「えっと、報酬からあんたの装備代を引いたらこれだけしか……」
「その報酬から引いた装備代は?」
「杖を買うときに、私の持ってたお金と合わせて全額消えてったわ……」
申し訳なさそうに俺の手を握ってくる彼女の眼は、なぜか一向に俺と合わない。
俺がこんなにも瞳孔を開けて見つめているというのに、何が気に入らないのだろうか。
女の子の手を触ってるのに、全然うれしくない。やばい。冗談抜きで涙が……
「そんな虚無感にあふれた顔で涙流さないでよ!」
ギルドで稼ぎながら貯金を作って、贅沢とはいえないまでもある程度余裕のある生活を送る。そして貯蓄ができたら、街を転々としながら旅みたいなことをして、この世界を見て回ろうと思っていた。
それなのに、ギルドで必死こいて働いて、貯金も満足に作れず、ひもじい生活を送りそうになっている。
どうやら、かなり長い間このギルドでお世話になることが決定したようだ。
「そ、それでね、あんたもこれから行く当て無いのよね?」
「あ、ああ。もう行く当てといったら天国しか」
「自殺しないでよ! 本当に後味悪くなるじゃない!!」
二十年前に神から提案された話が、転生してから現実味を帯びてくるなんて思いもしなかった。
まあ、今更悲しんでもらえる相手もいないし。それに地獄は無いって言ってたから、安心して死ねるな。
顔についた水滴を手で拭くと、不思議と次にあふれてくるものはなかった。本当に絶望した人間は涙が流れなくなるらしい。最後にいい発見ができたな。
「あ、あんたが死んだら私が困るの!!」
「――え?」
少し大きめに張り上げた声で、恥ずかしそうに彼女がそう言った。
あまりにもおかしなことを言っている彼女に、反射的に聞き返すかのような一言を投げかけてしまう。
「――単刀直入に言うわ。私とパーティを組まない?」
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