11. 理不尽嫌い
「もうこの方法しかない。やれるか?」
「それはこっちのセリフよ! あんたの方が危険じゃない!」
かなりの時間、頭を悩ませ一つだけ案が浮かんだが、その方法は俺にとってかなり危険な作戦だった。
しかし、他に何も浮かばなかったのだからやるしかない。
逃げてきた道をたどっていき、先ほどいた洞窟の前の草むらまで到着した。
ゴブリンの方は俺たちを見失った後に戻ってきたらしく、さっきと同じように窟の前で楽しそうに肉を焼いている。
その奥には先ほどと同じ場所にゴブリンキングもいる。
「どうやら相手は俺たちが逃げたと思ってるみたいだな。これなら何とかなりそうだ」
「――ねえ、さっきのあんたの話だと、あんた努力とは無縁の生活を送ってきたんでしょ? なのになんで私のためにここまでしてくれるの?」
「さあな、俺もどうして他人のためにここまでできるのかわからん。自分のことですら何もしてこなかったのにな」
今にして思えば、俺は『理不尽』というものが人一倍嫌いなのだろう。
理不尽だらけの社会に反発するように、社会から逃げ、親に背を向け、部屋に引きこもって理不尽を視界に入れないようにしてきた。
だが彼女は、その理不尽に真正面から立ち向かった勇気ある人間である。そんな彼女が報われないなんて、そんな理不尽あってはならないと思ったのだ。
今こうして彼女の力になっているのは、他でもない俺の『理不尽嫌い』が一番大きな理由だと言えよう。
「さあ行くぞ、俺が叫んだら迷わず魔法をぶっ放せ!」
「ええ、わかったわ!」
ゴブリンたちが完全に油断しきっている中、俺一人で草むらの中から飛び出し、ゴブリンたちのいる洞窟前へ全力でダッシュする。
勇敢とも無謀ともいえるその行為に相手もすぐに気づいたため、五匹とも武器を取り出しこちらに向かってくる。
「――来るか?」
ゴブリンたちの知性はかなり低いのか、先頭にいた一体がナノに襲い掛かった時と同じように高くジャンプして上から切りかかってきた。
「あっぶね! って、もう囲まれてるし、あんたら行動早すぎない?」
すぐさまバックステップでかわすが、気づいたときには全員に取り囲まれており、奥からゴブリンキングも巨大な体躯をのそのそと揺らしながら近づいてきていた。
余裕があるのか、相手側はもったいぶってすぐには切りかかってこず、俺も動くに動けないので、すぐにゴブリンキングが近くまで来てしまった。
「やっぱり俺って、弱く見られる才能あるみたいだな」
狙いを定めたゴブリンキングは、手に持っている巨大な棍棒を俺に見せつけるように上に振り上げる。
人に近い造形をした顔。その口から『お前なんか取るに足らんわ』とでも聞こえてきそうだ。
事実、見上げるほどに大きい体をもつゴブリンキングは、当然のごとく俺を見下して、余裕の笑みを浮かべている。
――怖い。怖くないなんて思えない。ここで怖くないなんて言える奴の神経を俺は全力で疑うだろう。それでも、怖いなんて口が裂けでも言えない。
男なら、ニートだとか無職だとか、それ以前にカッコつけたい時があるんだよ!
「来いよ、そんなの当たらないからな!」
全員俺にしか目線がいっておらず、草むらで未だ鳴りを潜めているナノには一切気づいていない。
本来であればここでウィザードの彼女に魔法で支援してもらえれば一番助かるが、それができないのはもうわかりきっている。
――だとすれば俺ができるのはただ一つ。
「『ラックダウン』!!」
たまたまゴブリンを倒したときに手に入ったポイントでゲットした冒険者スキル『ラックダウン』
冒険者が取れるスキル中でも、かなりポイント消費が低く、なおかつ少し使いづらいスキル。
効果としては、自分の周りにいる生物の幸運値を一定時間下げるというもの。下げる効果量や効果時間は、魔力を消費すればするほど高くなる。
しかし、如何せん効果範囲が狭すぎるのと、幸運値という不透明なものを引き下げる効果のため、使い道がよくわからないスキルだ。
そして何より、効果を上げるほど消費する魔力の量が指数関数的に多くなる。
そんな魔力。普通のステータスを持っている駆け出し冒険者にはないはずだが、
「『マナギフト』魔法使い系の
ナノに内在する大量の魔力を、草むらにいるときに受け取っておいたのだ。
こうすれば、どれだけ魔力消費が大きくても幸運値を大幅に下げることができる。
振りかぶっていたゴブリンキングが手に持っていた棍棒を勢いよく振り下ろすと、俺に当たる前に掌からすっぽ抜け、明後日の方向へ飛んで行ってしまった。
効き目も上々。
周りのゴブリンたちも、動こうとした瞬間に足を滑らせ、その場から動けないでいる。
「今だ! 盛大にぶっ放せ!!」
「わかってるわよ! 今度こそ、当ててやるんだから!」
どれだけ幸運値が低くても、自分より不運な奴には当てれるはずだ。
ゴブリンたちの幸運値が今どのくらいなのかは知らないが、俺の中にある魔力は全部使い切った。もうこれで決めてもらうしかない。
「――『フレイムバーナー』!!」
草むらから出てきたナノは、今までで一番高火力な炎を俺もろとも浴びせる。
当然来るとわかっていたから横にジャンプしてよけることができたが、不意を突かれたゴブリンたちは成す術なく全員焼却された。
「どうだ?! やったか?」
後に残されたのは、丸焦げになりもはや炭とも呼べるような真っ黒い装備たちだけである。
しかし、
「――ぶおおぉぉぉ!!」
「クソ、これでも倒れなかったか!」
ゴブリンよりも相当体力があるのか、彼女の一撃を食らってもゴブリンキングは倒れなかった。
それでも相当体はふらついており、もはや限界ギリギリの状態に見える。
「ぶおおぉぉぁああ!!」
だからこそ、自分をここまで追い詰めた人間に、せめて一矢報いようと、文字通り最後の力を振り絞って丸焦げのこぶしを振り上げてきた。
「――ッ! ヘージ!!」
あの一撃で二人とも敵を全滅させれると思っていたため、その動きに出遅れてしまう。
ナノは次の魔法を撃とうとしていたが到底間に合うはずがなく、確実にその拳は俺の体めがけて飛んできていた。
――マズイ、本当に死ぬ。
自分の死期を本能的に悟ってしまい、頭の中で三度目の走馬灯が流れ込む。
追加された新しい二十年は、今日という本当に濃い一日を除いて、どれもこれもが薄い日々であった。
特出すべきところも本当に無く、強いて言うなら俺をイジメてきた奴らの顔と見下すようなクソみたいな目が、今の俺をあざ笑うかのように見てきた程度だ。
本当に薄い人生。前世以上に中身のない空っぽな人生。
ああ……クソッたれが……ふざけんじゃねぇ。こんな、こんな最後が迎えられるかよ。
――いや、違う。
そもそも自分は、自分の死期を選べる立場の人間か?
生きたい……生きたい。
――いや、違う。
そもそも自分は、生きる価値のある人間なのか?
こんなところで死んだら……何も残せない……何も返せない……何もチャンスをつかめない。
――いや、違う。
そもそも自分は、そのチャンスとやらを何度逃してきた?
――いや、違う。
「――今がその、チャンスだろうが!!」
目が覚める。
今まで見てきた幻想をぶち壊すために。脳にアドレナリンを全力で注入するかのように。
張り巡らせていた無駄な思考に終止符を打ち、チャンスをつかむために体を動かす。
無我夢中で動かした体は、気づけば振りぬかれていた拳をかわすために地面すれすれをかがんでいた。
筋肉が軋む感覚を味わいながら、攻撃後の無防備な体めがけて勢いよく地面を蹴る。
「うおおぉぉおおお!!」
考えることをやめ、その一撃に全神経を使うために雄叫びを上げる。
右手に握られた剣を、勢いよくゴブリンキングの腹めがけて切りつける。今度はたまたまではない。見て、狙って、そして当てたのだ。
あまりにも不安定な体制だったのと体力の限界で、右に振り切った手の勢いのまま、右に体が傾きゴブリンキングの右横を走りぬけてしまう。
フラフラの体を無理矢理動かしてゴブリンキングの方に向かせると、ゴブリンキングはその巨体をゆっくりと地面につけた。
「――はぁ、はぁ……マジで、危なかった」
緊張の糸が切れたのか、もしくは九死に一生を得たからか、これまでの疲れが一気に押し寄せてきて、そのまま地面にどっかりと座り込む。
すると、ナノが自分の元まで駆けつけてきた。
「本当よ! あのまま当たってたらどうするつもり?!」
「どうもこうも、あの状況じゃああするしかなかったんだ。何はともあれ結果オーライだろ? お目当ての素材も手に入るんだし、一件落着ってことで」
「調子いいこと言うわね」
死んだ体験を一度しているからか、死にかける体験程度ではビビらなくなっている……なんて言いたいが、正直内心焦った。
ここまで人のために頑張ったのはいつぶりだろうか。少なくとも今世では初めてだろう。
「ありがとう。あんたがいなかったら、本当にどうにもならなかったわ」
――だからこそ、この一言がどこまでも心にしみてしまう。
『真っ直ぐに努力できる人間は、ちゃんとその努力が報われてもいいはずだと思う』
この言葉の通りなら、俺は今の言葉で十分に報われた気がした。少なくとも真っ直ぐな努力ではなかったとは思うが。
「言っただろ。努力は報われなきゃダメだって。だから俺はお前が届かなかった分を後押ししただけだ。お礼を言うなら、今までの自分にでも言ってくれ」
「――うん!」
カッコつけたかったわけではない。ただ疲れていて、無自覚に言ってしまっただけだ。
おそらく後々言ったことを後悔しそうなセリフではあるが、もうそれどころではない。
普段運動しない人間がここまで重労働をしたのだ。肉体的にも精神的にも疲労が貯まりすぎて、めまいがしてきた。
「ねえ? 大丈夫? 私の声聞こえてる?」
何を言っているのかよく聞き取れない。耳鳴りがしてきた。
だめだ。目だけじゃなく思考まで霞む。意識が継続できない。
最後の方、彼女が何か言っていたような気がしたが、もう体が限界なのが自覚できてしまうほどに眠い。
座り込んでいた体がぐらつき、土の香りを嗅いだのを最後に、意識と記憶がそこで途絶えてしまった。
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