7. ウィザードの少女
「大人気ね。まあ、
「冗談じゃない……俺は目立ちたくないんだ!」
「仕方ないじゃない。もう自分の現状を受け入れるしかないわ」
先ほどはよく見ていなかったが、改めて見るととても綺麗な子である。
まるでゲームから飛び出してきたかのような艶のいい肌に整った顔立ちに綺麗な長い金髪。俺が男性女性問わず人が苦手でなければすぐに惚れていたであろう。
「あの、えっと……そ、それでお話というのは」
「もっと普通に喋って。ずっと見てたけど、さっき受付の人にもそんな感じだったわよね。あと、敬語とかもいらないから」
かなり厳しいことを要求するな……ただでさえこんな別嬪さんを前に緊張しているうえ、未だ入口の方では何人かスタンバってこちらに視線をよこしてくるのだ。
思考が散漫になって言葉を紡ぐことすら億劫になってくる。
それに加えてこの気の強そうな性格。明らかに俺の苦手なタイプだ。
それでも、直さないと何を言われるかわからないので、この場だけは喋り方に注意するしかなさそうだ。
「はぁ。わかったよ。それで話っていうのは?」
「その前に自己紹介よ。私はナノ・ロッドエッジ。ナノって呼んでね」
「――ヘイジ・ウィルベスター」
「ヘージね。わかったわ」
親しくもないのにいきなり名前呼びとか、心の準備ができてないんですけど。
あと、『ヘージ』じゃなくて『ヘイジ』なんだが。と言いたいが、どうせ『ちょっとしか違わないでしょ』といわれるのがオチだろう。
高校のときに、クラスの女子に指摘したときも同じようなことを言われて、プラスで『ちょーしのってんなよ。陰キャが』と言われたのは流石に堪えた。
「それで本題なんだけど。あそこの掲示板にあるゴブリン討伐クエストを一緒に受けて欲しいの」
「は、はぁ?」
受付の左手に、かなり大きな掲示板がある。
そこには様々な紙が乱雑に貼ってあるが、そのどれもが魔物討伐の依頼のように見える。
「自慢じゃないが、俺弱いぞ」
「私が強いから大丈夫よ。だって私ウィザードだもの」
「ウィザードって……攻撃系の魔法使いで最高位のジョブじゃないか!」
先ほど見た紙によれば、ウィザードは回復系の魔法が使えない代わりに、強力な攻撃魔法を覚える職業だったはず。
当然、相応のスキルポイントが必要になり、その分クエストクリア数や魔物の討伐数は多いはずだ。
戦闘経験だって豊富なはずの彼女が、なぜわざわざ俺にクエストの同行をお願いしているのか、その意図が全く読めなかった。
「だったらなおさら、俺なんか必要ないじゃないか。むしろ足手まといとしか」
「――いないのよ……」
「え?」
「あのクエスト、二人以上じゃないと受けれないの! でも私、仲間がいないから……それに、他の人に頼んでもすぐに断られちゃうの」
ああなるほど。こいつ俺と同じボッチか。
おそらくは、この性格が故に喧嘩が良く起こるとか、そういう話なのだろう。
そう思ったとたん、目の前の同族に多少親近感がわいてくる。
「そもそも、ゴブリンってそんなに強くない魔物だろ? なんで二人で受注しなくちゃいけないんだ?」
「クエストがあそこに貼られた直後に、ゴブリンキングがクエスト場所の森の近辺に出たらしいの。そのせいで、受けようとしたときには二人以上でしか受けれなくなってたの……ついでにちゃっかりゴブリンキングも討伐対象になってるし……」
ゴブリンキングは、ゴブリンより数段強いゴブリンの上位種の魔物だ。
ザコ魔物のゴブリンなら大丈夫だろうが、ゴブリンキングの登場で難易度が跳ね上がったってわけか。
それでも、ある程度強ければ倒せるし、ウィザードの彼女なら赤子の手をひねるより簡単だろう。
「ね! ヘージお願い! 私はあのクエストクリアで手に入る素材が欲しいの! お金の分け前ならあんたに全部上げるから! 悪くない条件でしょ?」
「――確かに悪くはないが」
こっちは冒険者でニート。彼女はウィザード。
戦闘経験の差から言って、魔物の討伐は彼女に任せて問題ないだろう。
それに加えて金の分け前はこちらが総取り。魔物討伐のポイントが得られないのは仕方がないが、クエストクリアすれば苦労せずに金とクリア分のスキルポイントを得られる。
ニート心をくすぐる内容であることには間違いなかった。
「――わかった、引き受ける。その代わりこっちは何もしない。というか何もできない。今しがたギルドの会員になったばかりだから、スキルも覚えてないし、俺自身もかなり弱い。あと出来れば装備も一式揃えて欲しい。なにぶん冒険者にもなったばかりだからな」
「はぁ? 装備くらいは自分で買いなさいよ!」
「前金として考えてくれ。クエストがクリア出来たら、報酬から装備の購入費を引いてもらって構わない。危険度があるクエストなら、それ相応に出るんだろ?」
「わかったわよ、頼んでるのはこっちだし、それくらいなら……」
少しおいしすぎる話ではあるが、むしろこれはチャンスだと捉えるべきだ。
装備は彼女が一式そろえてくれるようにお願いしたし、これで仮にクエストが失敗しても、俺が得をするように仕組むことができた。
まあ、高火力の魔法を使うウィザード様なら、その心配もないだろうが。
「そうと決まればさっそくクエストを受けてくるわ」
「もう行くのか?」
「ほら、善は急げっていうでしょ。さっさと行くわよ」
彼女は速攻で掲示板にあるクエストの書かれた紙を引きはがすと、俺の手を引っ張って受付まで早歩きで向かった。
女の子を手を握るには何年ぶりだろうか。下手をすると、母親とメイド以外の女性に触れたことすらなかったため、手を握られた瞬間心臓が跳ね上がってしまう。
「このクエストをお願いします」
「ゴブリン討伐ですね。目標はゴブリン十体の討伐とゴブリンキング一体の討伐です。ゴブリンキングは、森の中の洞窟付近にいる可能が高いので、その辺りを散策して見て下さい」
受付のお姉さんは、二人のカードとクエストの紙を持っていくと奥へ消えていった。
しばらくすると、カードのみを持ってきて、何事もなかったかのようにこちらへ差し出す。彼女も普通に受け取るということは、これが当たり前のことなのだろう。
「さ、いくわよヘージ」
こうしてクエストを受注することができ、装備品を揃えるために街に出ようとしたが、未だに出入口でこちらが来るのを待っている人が数人いた。
しかし、彼女はそれを構うことなく、俺の手を引いて出入口へ向かっていく。
「ね、ねえ君!」
「ッ!」
「ヒッ!!」
我先にと俺に話しかけに来た女性の戦士が、ナノの一睨みで蛇に睨まれた蛙のように委縮してしまった。
それを見たからか、他の人たちも話しかけることができず、そのままギルドの外までスタスタと歩くことができた。
「まったく、あれくらいどうにかしなさいよ」
「無理、人と話すとか嫌なんだけど」
「じゃあなんで私とは話せるのよ」
「あんたが喋り方がどうとかって言ううからだろ。それに……」
「それに?」
ボッチに共感して仲間意識が芽生えたなんて言えない。
そんなこと言ったら、気の強そうな彼女にぶん殴られるだろう。
「――なんでもない」
「そう? それじゃあ、あんたの装備を揃えてから、ゴブリンのいる森に行くわよ」
特に怪しむこともなく、彼女は街へ向かって歩いて行った。
そして、俺もその後を追いかけるように走っていこうとするが。
「ねえ、あれってナノよね」
「ああ、ボウズの奴かわいそうだな」
「せめてクエストが失敗しないように祈ってやるか」
ギルド内で出入口にいた人たちが喋っているのが少し聞こえてきた。
何やら不穏なことを言っているが、彼女に何か問題でもあるのだろうか。
「ほら、早くいくわよ!」
「あ、ああ」
彼女についてよからぬ噂でも流れているのか?
少し不安になってしまうがもう後には引けず、手招きする彼女の方へ走っていった。
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