第10話 尾行

「って出たはいいけど真っ暗すぎない? これ。」


「まぁなんとかなるだろ。多分。」


「まぁそれもそうね。じゃ行きましょ。」


 なんとも大雑把である。とてもこれから盗賊を探しに行こうとしているようには思えない。


「暗いのは暗いですが、見えないわけではありませんし、見つかりにくいのでちょうど良いかと思います! 」


 ミナトとしてはかなり適当にこのままでも良いのではないかと言ったのだが、セラによると割と理にかなっているらしい。だがこの時点で既に致命的な問題が発生している事に3人は気付けないのだった。


「聞いてはいたけどほんとに誰もいないのね....。これじゃまるで私たちしかいないみたいだわ。」


「この街では大通り以外はどこもこのような感じですよ。街灯もありませんし、仕方ないのかもしれませんが....。」


「でもここまで人がいないんだったら絶対気付くんじゃないか? 流石にもうちょい人がいるものだと思ってたけど。」


 今歩いている通りにはミナト達以外は一人として通行人はいない。ミナトも人がいないと言ってもポツポツとは人が歩いているものだと思っていた。しかし何もここだけが特別というわけではなく、どこもこのような感じらしい。


「ここまで何もないと一晩歩いてもなんの収穫もなさそうだけど? 」


「ちょっと待ってください。」


 ヴィルがあまりの往来の少なさに嘆息している時だった。セラは息を殺し、2人を制止する。


「どうしたのよ。」


「曲がった先から声がします。」


 セラは曲がり角の先から声がするという。確かに耳を澄ませれば、何か話し声が聞こえてくる。


「ほんとだ、何か聞こえる。」


「私も。なんて言ってるかまでは聞き取れないけど。」


「盗んでいるところを捕まえなくては意味がありませんので一旦隠れて様子を見ましょうか。」


 足音はこちらに向かってきている。ミナト達は通りに面している民家の陰に隠れることに決めた。


「来ましたね....。」


「どこらへんで待ってたらいいんだろうな? 」


「俺が知ってるわけないだろ? 隊長はいつも後から言いに来るんだから....。」


 ミナトの目ではよく分からないが、2人の男の声がした。どうやら『隊長』なる人物からの指示を待っているらしい。ということはやはりミナトが言っていた大人数で運ぶという案は間違っていなかったことになる。


「行ったわね....。あれが犯人なの? 」


「多分な。なんか待ってるとか言ってたし。」


「ですが今彼らを捕まえるよりは、リーダーらしき人物もまとめて捕まえてしまいたいですね。」


 セラは彼らを泳がせることを提案する。そうして皆が集まったところに出ていって主犯格を一網打尽にできれば完璧である。


「なら見失わない程度に付いていくか。」


「では行きましょうか。」


 そうしてミナト達は先程の男達を追いかける。バレないようにするために足音をギリギリ聞き取れる程度の距離を保っていた。男達はやはり何かを話しているようだったが、ここからでは聞き取れない。聞きたいのは山々なのだが、これ以上近づけば流石に気付かれてしまう。


 ゆっくりと、しかし着実に相手を尾けている最中だった。


「気付かれたかもしれません。」


「そうね。目に見えて足音が速くなったもの。撒かれる前に急ぐわよ。」


 前を歩いていた足音は明らかに速くなり、これまで曲がることが少なかった道のりは、急激に複雑になっていった。


「足音ドンドン遠ざかってないか!? これってまずいんじゃ....。」


 聞こえていた足音は途端に聞こえなくなった。ミナトですらまずいと思い始めたその時。


「何者だ!! 」


「先程から俺達を尾けていることは知っている。観念して出てこい!! 」


 ミナト達が尾けていた2人組は行き止まりに来ていた。来ていたというよりも、ミナト達を誘き寄せたというのが正しいだろうか。このままでは尾けていたはずのミナト達が追いかけられるようになってしまう。


「完全にバレてるみたいだし。出るしかなさそうね。」


「リーダーを捕まえたかったのですが....仕方ありませんね。」


 もう完全に相手にバレていることが分かったミナト達は主犯格を捕まえることを諦め、2人の前へ出る。するとそこには驚きの光景が待っていた。


「あ、貴方がたは....!? 」


 異変に最初に気付いたのはセラだった。先程までとは打って変わって驚きを隠せずにいる。


「セラ? どうしたんだ? 」


「この方々は....親衛隊の方々です! 」


 親衛隊。ミナトには聞き覚えのある言葉だった。確かそれは昼間セラが言っていたスタシアの精鋭達のことのはず。ミナトはなんでそんな奴らがこんな所にいるのか問おうとすると──


「お前達が最近街を騒がせている盗賊どもだな? 街の平和の為、連行させてもらう!! 」


 親衛隊の2人はミナト達を連行しようとする。家が消えるという前代未聞の事態の中、暗闇で光も灯さずに親衛隊を尾行する3人組。怪しいにも程がある。連行されるのは当然の帰結だった。


「いや俺達は依頼を受けてて──」


「依頼? どんなのだ? 」


「バッカスの工房がごっそり消えたからそれの手がかりを探してたんだ。」


「嘘をつくな! バッカスの工房が消えたなどという連絡はこちらに来ていない。隊長の元に突き出してやる!! 」


 ミナトが事情を説明すると、茶髪に小柄な親衛隊の1人はものすごい剣幕でまくし立てる。まさに鬼の首を取ったかのようである。そして親衛隊の男はそういうと、3人の手を縄で縛りミナト達を連れて歩く。


「どうしましょう....。まさかこんな事になるなんて....。」


「やっぱりバッカスに付いてきてもらうべきだったわね。このまま誤解が解けなきゃ私たち牢獄行きよ!? 」


「おい余計な事は話すなよ。ここでその首を落としてもいいんだぞ。」


 セラとヴィルがコソコソと話していると、後ろからもう1人の男が警告する。この男は先程の男とは対照的で高い身長にスキンヘッドという見た目をしていた。はっきりとこの場で首を落とすと言うとはなんとも物騒である。


「ぐ....。どうしようもないわね....。」


こうしてミナト達は隊長の元へ連行されることになり、歩いているうちに着いた場所は空き地のような場所だった。そこには光が灯され、いかにも騎士といった格好をした者たちが集まっている。


「先に言っておくが、隊長には失礼のないようにな。」


「隊長!! 例の盗賊と思わしき人物を引っ捕らえてきました! 」


 そう言われて出てきたのは青色をした髪と目が開いているのかどうか分からない程細い糸目をした青年だった。


「とか言ってスペックが捕まえてきた5人とも間違ってたじゃん? 」


 茶髪でミナトと比べてもかなり小柄なこのスペックという男は、なんともう5回も誤認逮捕を繰り返しているらしい。そして今回で6回目という事になる。今回ばかりは仕方がないような気もするが、誤認逮捕は誤認逮捕である。


「んで? 君たちがその盗賊ってわけね。どうやって決めたのさ? 」


「判断したのは私です。彼らは私たちを尾けてきていましたので。」


「あぁタウラスが判断したのねー。なるほどなるほど? 君たちはなんでこいつらのこと尾けてたの? 」

 

 もう一人の方はタウラスという名前らしい。隊長はそれを聞いて納得したらしく、ミナト達に質問を投げかけてくる。


「いや俺達はバッカスの工房が消えからその手がかりを探してただけなんだ。それでこの辺りを歩いてたら誰か来たからそれで....。」


「んー、でもバッカスの家が消えたなんて連絡は来てないんだけど。嘘ついてるなら一発で分かるよ? 」


 やはりバッカスから連絡がいっていないというのが一番痛い。バッカスの領主への配慮がこんなところで裏目に出るとは。


「バッカスさんは今家にいるはずですから確認していただければ....。」


「なるほどねぇ....。ま、ここまで言うなら確かめてみようじゃない。これで違ったら処刑だから。そこんとこよろしく! 」


 隊長は平然と処刑という単語を口にするが、こいつならやりかねないとミナトは感じていた。

「そーだ君たち名前は? 」


「俺はミナト。」「私はセラと言います。」「私はヴィルよ。」


「あ、そう。んじゃ誰かバッカス呼んできて。」


「はっ! 」

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